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言われて、常春《つねはる》の箸が止まる。
「……帳簿類を、移すって、言っても、相当の量があるし。唐櫃《からびつ》に仕舞っているから、なおのこと、手がつけられないんだけど」
「数量と、重さの事を言っているわけか。鍾馗《しょうき》では、運び出せないかい?」
「うん、そうだなぁ。明日の朝まで、かかるだろうよ。それに……なぜ、室《むろ》なんだ?」
「屋敷に火が放たれるのは、それら、証文類を消し去る目的もある。そして、口封じ」
「晴康《はるやす》?」
物騒な表現が続いているが、常春には、今一つ、掴みきれなかった。
「うん、帳簿や、書き付け類は、どうあれ屋敷を動かすのに必要なもの。消失しては、たちまち困る。だから、室、食べ物を保存しておく、あの穴に、埋めて火から守るんだ。それにね、後々、訳のわからない、証文類が、出てきて、脅されても、元からの、もの、が、あれば、逃げ切れる可能性も高くなる」
「できましたら、金子や、家宝と言われる、お軸など、火に弱いものも、埋めておくのがよろしいかと」
でも、それだと、きりがないわね、と、橘が、ごちている。
「ですよね。帳簿類の記録だけは、守りたいんだけど……、それに、絞るかなぁ」
それしかないのかも、と、晴康、常春は、肩を落とす。
と、
「あの!彼方へ、通じませぬか?」
橘が、晴康へ問うた。
「えっと、髭モジャ殿、ということですか?」
うんと、頷き、橘は、晴康が差し出す椀を盆に乗せ、粥をよそいに竈《かまど》へ向かった。
「……何?こんな時に、良く食べられるなぁって、顔しないでくれる?常春よ。それに、今夜は、大捕物なんだから、今の内に、食べておかないと」
「ええ、そうですよ!常春様も、しゃんと召し上がれ」
橘が、母親ぜんと、二人に語りかけてくる。
「えっと、髭モジャ殿でしたね……んー、いけるかな?」
晴康は、箸を仮置きし、水瓶へ向かった。そして、中を覗き込む。
「橘様、いけそうです。どうぞ、こちらへ」
晴康に、呼ばれ、橘も、水瓶を覗き込む。
「あらら、なんてこと、皆、上野様に、振り回されて、まったく」
と、言うが早いか、
「紗奈《さな》!いい加減になさい!髭モジャ!もっと、しゃんとなさい!お前様は、検非違使だったはず!これしきの、捕り物事で、ぐずぐずなさるなっ!!!」
「すごい、渇の入れよう」
半ば呆れ顔をして、それでも、晴康は、しゃあしゃあと、橘が、よそった椀を手にすると、再び、粥をかきこんでいた。
おおおおーーーー!!!
と、水瓶の中からどよめきが、聞こえて来る。
「お前様、袖の裏をご覧なさい!」
橘の叫びに、あっ!と、いう叫びが、重なった。
「よし、常春、食べ終えたら、とりあえず、鍾馗《しょうき》と、合流だ。あとの手筈は、橘様が、仕切ってくださるよ」
「なんだか、わからないけど、確かに、おまかせするのが、一番のような気がしてきた」
だろ?と、晴康は、言うと、添えられている、粕漬けを口にして、うん、旨いと、唸った。