男達は、ポカンと宙を見ている。
「と、いうことで、どうにかならないかしら?」
髭モジャの袖から、女──、女房の、橘の声が流れてきたからだ。
人の形をした、紙切れが、髭モジャの袖に貼り付けられており、声は、それから、流れて来ているようだと、分かっても、妙な気分は抜けなかった。
「いやー、たまげた、たまげた」
驚く、新《あらた》に、
「申し訳ございません」
と、髭モジャの袖裏から、詫びる声が流れ出る。
「いやいや、どうゆう、からくりかは、わかんねーけど、それより、何とかしなきゃー行けねーことがある、のは、わかった」
なあ、と、新は、周囲を見回し、同意を得る。
集まる男達の表情は、引き締まった。
「屋敷に、火を放つ事が、目的というわけじゃな?」
髭モジャは、橘に確認した。
「俺たちの住む長屋と違って、御屋敷だ。敷地は、広大、築地塀で囲まれているから、延焼、の、心配は、あまりしなくていいだろうが、風の影響ってもんがある。油断は、できねぇなぁ」
と、新は、思惑顔でつぶやく。
「目的は、荷物の受け取り書き、や、もろもろの、帳簿。最近のものは、家令《しつじ》が、すでに、持ち出しているかもしれないけれど、大方は、詰所の棟に、保管しているはず。ある一定期限が、来れば、寝殿の脇にある、塗籠《ぬりごめ》、つまり、物置部屋に、仕舞われます。そこは、土壁で囲まれた部屋で、外から鍵が、かかる仕組みだから、貴重品が保管されるの」
「女房さんよ、そんなら、塗篭には、過去の書き付けしかないんだろ?古い物を狙っても、何も出てきやしないだろう。大納言様宛の荷物が増えたのは、最近のこと。なら、新しいものを、消したいはずだ。家令が、持ち出して処分といっても、詰所にある物が、失くなっていく、と、なると、不審に思われる。なら、一斉に、やっつけてしまえ、と、詰所を狙うんだろなぁ。それだと、正門脇だから……火は、外へ燃え広がりやすい。歓迎しねぇ話しだぜ」
家令《しつじ》その補助である、家司《しつじほさ》は、屋敷の顔。来客にすぐ応じられるよう、正門脇の詰所の棟で座している。
そして、日々の改め事も、そこでこなしている為に、帳簿などの屋敷の記録も、概ね、詰所に保管されているのだ。
「じゃがな、それなら、晴康殿は、どうして、塗篭の、過去の記録に拘《こだわ》るのじゃろうか?」
髭モジャは、橘から聞いた、室《むろ》へ移す話を思い出した。首をかしげる髭モジャを見て、新が、言っ放った。
「結局、一切、燃やさなきゃ、いいんだろ?なあ?皆の衆!!」
おお!と、場に集まる男達は、声を出して応じる。
「紗奈《さな》、お前は、どう思いますか?」
徳子《なりこ》付きの女房だった時の、橘の声を聞いた、上野は、たちまち、女童子の紗奈に戻り、わーん、と、泣き出した。
「泣いてどうなるのです。紗奈や、お前には、これは、荷の重い話。皆の知恵に従いなさい。決して、自分の思いを通そうと、先走っては、なりません!大切なのは、今、なのです。そもそも、お前は、昔から、順序付けが、下手でした。食事の時も、何から、箸をつけようかと、迷ってばかり。みっともないこと、甚だしかったこと!」
「えー、橘様!そんな、昔のことを……」
困り切る、女童子の顔をした、上野の様子を見て、ワハハハ!と、男達は、大笑いした。
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