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その村は、地図から消されていた。
かつて魔王が“救った”唯一の村として、歴史から封印された場所――ユーファ村。
「この道、まるで誰にも踏まれていないみたいですね……」
森の中、枝をよけながら進むトアルコがつぶやいた。
長旅の同行者は、アルル、リゼ、そしてパクパク。
「“かつて魔王が救った”って……何をしたんだろうな」
パクパクが首をかしげながら先を歩く。
やがて霧が晴れ、小さな石造りの村が現れた。
村人たちは最初、警戒の目を向けたが――
「魔王様……?」
ひとりの老婆が、よろよろと近づいてきた。
「……あなたが“あの魔王”じゃないのはわかってる。
でも、匂いが似ているわ。心の、奥の匂いが……」
トアルコは深く頭を下げた。
「こんにちは。僕は、トアルコといいます。
この村が救われたという話……もしよければ、聞かせてくれませんか?」
語られたのは、かつて現れた一人の魔王の話。
「その魔王は、病に苦しむ村に、“力”で薬草を降らせ、災いを浄化した。
けれど……その代わりに“世界”が、その村を“魔族のもの”と断じたの」
村は焼かれず、救われた。
だが、その代償として“中立”を失い、“世界から忘れられた”。
「救われて、生き延びた。でも、わたしたちは“誰でもない者”になった」
老婆の言葉に、アルルは拳を握りしめていた。
「それでも、生きているなら――よかったんじゃないか」
そう言いかけた騎士の少年に、老婆は首を振る。
「生き延びたことと、幸せに生きることは違うのよ」
トアルコは、そっと老婆に近づいた。
「あなたが、悲しかったのなら……僕は、どうしたらよかったんでしょうか」
老婆はゆっくりと目を閉じた。
「答えなんて、ないわ。
でも……あなたは、“聞いてくれた”。
前の魔王は、ただ救って、去っていった。……あなたは、ここにいて、話してくれる」
アルルがふと、トアルコの横顔を見る。
傷一つないその顔に、やわらかな疲れがにじんでいた。
「この人は、誰も傷つけていないのに……誰よりも悩んでる」
その夜、トアルコは村に自作のスープをふるまった。
「派手な魔法じゃないけど……ちゃんとあったまります」
村人たちの表情が、少しずつほどけていく。
火を囲む中、アルルがポツリとつぶやいた。
「……“救い”って、勝手に与えるものじゃないんだね」
そして彼女は、少しだけ、剣から手を離した。