テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「悪かったね……」
そう申し訳なさそうに謝る街の住民たちを背に、俺たちは目的地に向けて歩き出す。
先程のこともあり、少し気まずさを抱えながら黙って歩き続ける。
そんな重苦しい沈黙を、小さな声が破る。
「……なぁ、バカ兄貴……さっきは……」
そう発するロキの声は、少し震えていた。
フードを深く被り、俺たちの少し先を歩くロキの表情は分からない。……が、その背中は普段見せている小生意気な雰囲気は全く感じられなかった。
――――――それほどこの世界の、魔族に対する偏見は酷いのか……。
いつもならあのような場面にでくわせば、中指を立てながら皮肉を吐くようなヤツが……こんなにもしおらしくなってるのだ。
――――――こりゃそうとう弱ってるなぁ……。
さすがの妹様も、今は空気を読んでいるのだろうか。あの場を離れてからここまで、未だに一言も発していない。
伊織も表面上は隠しているが……内心ではかなり動揺している。
無理もない、成人した俺だって動揺したんだ。俺より年下の二人が、動揺しないわけがない。
俺たちがいた世界でも、同じような問題はある。直接見聞きすることはなくとも、そういうことが今もどこかであることは知っていた。
それこそ、さっきと同じ光景が繰り広げられていたのかもしれない。
ニュースやネットの記事を通し、いつ自分たちの身に『同じことが起きてもおかしくない』と思いつつ……同じ世界の出来事でも、俺は無意識に『どこか別の世界の物語だけの話』だと思っていた。
だからこそ、だ。
あそこまで分かりやすく殺気立って拒絶する場面など、普段の俺たちの日常では目の当たりにすることはなかったのだ。
――――――今はまだ、大丈夫だとしても……。
異世界から来た俺たちも、同じように拒絶される日もくるだろう。
俺たち三人は、運が良かった。
あの時は混乱していたとはいえ、迂闊に『異世界から来た』と口にするべきではなかった。
もし初めて出会ったのが、悪意のある人物だったら……今頃、真逆の人生だっただろう。
初めて出会ったのがセージやロキのように、根が優しい人物たちで本当に良かった。
――――――だからこそ、俺は……!
「僕のせいで、わる……」
「絶対に謝るな、ロキ」
俺の言葉に、ロキが振り向く。
「いいか、ロキ。お前はなぁ……物凄く疑り深くて、素直じゃないツンデレな天邪鬼で。さらに人間不信を拗らせに拗らせて、根性を捻りに捻くりまわし……」
「おい、ケンカ売ってんのか?」
俺の一方的な言葉に対し、さすがに聞き捨てならないと思ったのだろうか……ロキは握った拳を見せながら、不機嫌そうに口を挟む。やべぇ、言いすぎた。
俺は軽く咳払いをすると、ロキに向けて勢いよく指さす。
「俺から見たお前は、クっっっソ面倒くさい性格のただの子供で――――」
そこで一度、言葉を区切る。
そして大きく息を吸い込んで、腹から声を出す。
「俺らの大事な『友達』だってことだ!!」
ロキの目を見て、俺はそう言いきる。
一方のロキはと言うと……まるでハトが豆鉄砲でもくらったかのような顔で、数秒ほど固まっていた。
そして『ハッ!』と我に返ると、慌てて俺に向けて反論のと言葉を口にする。
「なっ……何バカなこと言ってんだお前! バカなのか!?」
「ふっ……俺はこう見えて、学生時代はそこそこ結構賢かったんだぜ?」
嘘です。
本当はカモメさんとアヒルさんと……たまに煙突さんがこんにちはしてる成績表で親にブチギレかけられたことがありますが……二人には『カッコイイお兄さん像』を貫きたいのでここだけの秘密でお願いします。
「そんな情報はどうでもいいんだよ! 問題なのは『魔族の僕と関わってる』ってことだ! これ以上関わったら、お前らだって……」
「うん。だから?」
ロキの言葉に、俺は首を傾げながらそう返した。
「なっ……!?」
俺の反応が予想だったのか、それとも呆れているのか。
ロキは何度も口をパクパクしながら『何かを言いかけてはやめる』というのを繰り返す。
だからこそ俺は、その隙を見逃さずにロキに詰め寄る。
「さっきも言った通り、お前は疑い深くて人間不信を拗らせたツンデレっ子だ。だからお前にはお世辞とか、社交辞令とか、駆け引きとか。面倒なことは一切取っ払って、嘘偽りなく俺の言葉で言わせてもらう。お前は俺たちの大事な友達だ!!」
はっきりと言い切ったからか……もしくは、俺が先程から発している言葉の意味を理解し始めたのか。ロキの顔が茹でられたタコのように、みるみるうちに赤くなっていく。
「『魔族の僕と関わってる』からなんだ? それで俺らに迷惑がかかるのか? それなら大いに結構! 俺らだって、お前を俺らの問題に巻き込んだんだ。お前も、お前の問題に俺らを巻き込んでみろよ。いや、巻き込め! いいから巻き込め! 好きなだけ巻き込め!!」
「お、おおお、お前っ! 自分がさっきから、ずっと何言ってるのか分かってるのか!?」
「分かってるつもりだ。けど、お前のことが分からない。だからロキの好きな物や嫌いなもの、言いたいことや言えないこと。俺にお前のことをもっと教えろ! お前が言いたくなった時に!!」
「なんか色々とめちゃくちゃだな!?」
そうだ。俺は今、思ったことをそのまま口にしている。
だから言葉も文脈もめちゃくちゃだし、自分でも何を言っているのかよく分かってない。
でもこれだけは、絶対にロキに伝えたい。
「セージとまではいかなくていい……ロキの『友人』の一人として、俺もその枠にいれてくれ」
俺がそこまで言うと、ロキは大きく目を開く。紅と黄金のその瞳は一瞬、大きく潤んだように見えた。
「はいっ! はいはいはい! ヒナちゃんもロキロキともっと仲良くなって、ロキロキの『マブダチ』のさらに上にいきたいです!!」
妹は手をあげながら『はい!』『はいっ!』と、何度も主張する。
「私も……ロキさんの『良き隣人』として立候補してもいいでしょうか?」
そう言って小さく手をあげる伊織に、妹は「イオもマブな友達になりたいって!」と言いながら伊織の手を掴んでさらに主張を激しくする。
「……って感じで。俺もアイツらもお前と友達になりたいし、友達の嬉しい事や悩み事も共有したいって訳なんだけど。どうする? ロキっつぁん?」
俺の言葉に、ロキはフードを深く被ると黙り込む。そして数秒後に「まぁ……考えてやる……」と小さく呟いた。
俺はその言葉を了承として受け取ると、『はっ!』と慌てて一つだけ訂正を申し出る。
「な、なぁロキ……今の今であれで申し訳ないんだが……やっぱり『痛いこと』や『怖いこと』以外の巻き込みで頼めないか? な?」
手のひらを返すように懇願する俺に、ロキは大きくため息をつく。
「はぁ……相変わらず、しまらねぇ兄貴だな……」
「いやいやいや、だって痛いのとか怖いのは嫌だろ普通」
「『友達の嬉しい事や悩み事も共有したい』んじゃなかったのか?」
「うっ、まぁ……それはそう、なんだが……」
ごねる俺に、ロキは『ぶはっ!』っと吹き出す。
「あははははっ!」
「な、何だよ!? そこまで爆笑することはねぇだろ!?」
「いや……笑うだろ、コレは……!」
ひとしきり笑ったロキは、目尻に溜まっていた涙を拭う。そこまで笑うか!?
「……まぁ、考えてやらなくもないぜ。バカ兄貴」
そう笑ったロキの顔は、いつもの皮肉混じりの笑みと違い……見た目の年相応の子供の笑顔だった。