アパートに到着した俺は鎖を体内にしまい、全員の様子を確認するために玄関の扉を開けた。
「みんなただいまー……ってあれ? みんな、そんなところで何してるんだ?」
彼女たちは作戦会議でもするかのように、ちゃぶ台の周りに座っている。(正座で)
俺が不思議そうにその様子を見ているとミノリ(吸血鬼)がスッと立ち上がった。
ミノリはこちらに来ると、グイと襟首を掴んで、こう言った。
「あんた、コユリから何か言われたでしょ?」
その言葉を耳にした時、俺が『ミサキ』のところに行っている間、何かあったのだということに気がついた。
ミノリに言い訳は通用しないことは分かっていたため、正直に答えることにした。
「あ、ああ、聞いたよ。モンスターチルドレンには自分以外に四〜九人の同型がいるんだろ?」
それを聞いた瞬間、ミノリは右手の親指の先端を噛み、自らの血を裁縫で使う針に変化させると、それの先端を俺の左目に刺さるか刺さらないかのところまで近づけた。
それを誰かが止めに来る気配はなかった。
その直後、ミノリは脅すような口調でこう言った。
「これから、あんたに、いくつか質問するけど、全て正直に答えなさい。じゃないと、この針であんたを傷つけないといけなくなるから……」
俺は最初から嘘を言うつもりなど、さらさらなかった。しかし、念のため肝に銘じておくことにした。
ミノリ(吸血鬼)なら、躊躇なく俺を針で刺すかもしれないからな……。
「ああ、分かった。なんでも訊いてくれ」
「その言葉、忘れないからね」
こうしてミノリによる質問責めが始まった。
「じゃあ、最初の質問。あんたは、その事を知ってどう思った?」
「マナミとシオリがどうして一緒にいるのか気になった」
「そう……。なら、次の質問。あたしが血を操る力を持っていることを知ってどう思った?」
「……正直、かっこいいと思った。『血○戦線』の登場人物が顕現したのかと思った」
その時、ミノリの顔が少し赤くなった気がしたが、ミノリは質問を続けた。
「さっきまでのは全部忘れて。それじゃあ、単刀直入に言うわ。あんたはこれから、二人をどうするつもりなの?」
答えにくいことを訊いてきたな。
モンスターチルドレンは人の思考が読めるのか? というくらい彼女らはそういう面では、とても鋭い。
けど、マナミとシオリの件については、いずれ考えなければならないことだから、ここで言っておいたほうがいいよな。
俺は、まぶたを閉じ、二人の姿を思い浮かべた。姉妹にしか見えない二人。
本当に仲がいい姉と妹。困った時は助け合う二人。
そんな理想の姉妹が完全な存在になるために争うなど考えられなかった。なら、答えは一つだ。
目を開けた瞬間に見えたのは、いつにも増して真剣な表情を浮かべているミノリ(吸血鬼)の顔だった。
だが、そんなものに怯まず、俺は自分の答えを述べた。
「俺は、これからも二人には、みんなと一緒にいてほしいと思っている。だから、二人を戦わせるわけにはいかない。今ここにいる二人は俺がこのことを知る前から『共存』という選択をしていた。なら、俺よりもそこにいる二人の意見を訊くべきだ。これは俺一人が決めていいことじゃないし、二人がどうしたいかは二人で決めるべきだと思う……とまあ、こんな感じのことしか言えないが一応、嘘じゃないから、そこは勘違いするなよ?」
ミノリはそれを聞くと針を元の血に戻して、体内にしまった。
「あんたが嘘をついてないことくらい、見れば分かるわよ。それより、それがあんたの出した答えなら、二人に直接訊いてみなさい。あの子たちもきっとそれを望んでいると思うから」
「……俺は端から、そのつもりだよ」
俺はそう言うと、二人の方へと向かった。だが、忘れ物をしたのを思い出したため、一旦ミノリの方に戻った。
「ん? なあに? もしかして、あたしに抱きしめてほしいの?」
俺はそれに構わず、ズボンの右側のポケットから『リボン』を取り出すと、それをミノリに差し出した。
「これって、あたしの『リボン』よね? いったい、どこで見つけたの?」
「気づいたら俺のポケットの中に入ってた。たぶん『チエミ』の仕業だろう」
「そ、そう。まあ、ありがと。その……助かるわ」
ミノリは『黒と赤が混じったリボン』を受け取ると髪を束ね、ツインテールにした。
「やっぱり似合うな、ツインテール」
その直後、ミノリの顔が真っ赤になった。
「あ、あたしのことはいいから! 早く二人のところに行ってあげなさい!」
俺はミノリに背中を押されている間、ずっとミノリのことを可愛いな……と思っていた。
ミノリに押されながら、ちゃぶ台の前に来ると二人以外は別の部屋に行くように頼んだ。
二人にとって大事なことだから……な。
俺は二人と向き合い、あぐらをかいて座ると、二人の意見を聞くことにした。
「まあ、言いにくいことだと思うんだが、二人がこれからどうしたいのかを、俺は知りたいんだ。聞かせてくれるか?」
二人は顔を見合わせると、コクリと頷いた。
それと同時に俺の胸に飛び込んできた。
俺はそのまま二人に押し倒されたが、俺は二人をどかそうとはしなかった。
「ナ、ナオトさん! わ、私は! これからも、シオリちゃんとナオトさんと……みんなと一緒にいたいです! 完全体になんかなれなくてもいいです! ですから! みなさんと一緒に旅をさせてください!!」
「……マナミ」
「私も同じ。ナオ兄やお姉ちゃんたちといる時間は楽しいし、ふわふわした気持ちになる。だから、今のままがいい。もし、私がマナミお姉ちゃんを傷つけちゃったら、ナオ兄が私の頭を撫でてくれなくなるし、私もマナミお姉ちゃんに、そんなことしたくない。だから私もこのまま旅を続けたい。ナオ兄……私たちとこれからも一緒に旅をしてくれる? また頭を撫でてくれる? えーっと、それから……それから……」
「……分かったよ。お前たちの気持ちは、よーく分かったから、二人ともそんな悲しそうな顔するな。女の子は泣き顔より笑顔の方が似合うんだから。いつまでもそんな風にしてたら、体の水分が全部なくなっちゃうぞ?」
俺はそう言いながら、二人の頭を撫で始めた。
二人は涙が出るのをこらえながら、自分の気持ちを伝えてくれたのだから。
すると、二人の目から今まで溜まっていたものが全部溢れ出した。
「ナ、ナオトさん! これからも……ひぐっ……一緒にいてください!」
「ああ、これからもずっと一緒だ」
「ナオ兄! ナオ兄! 私もナオ兄と……えぐっ……もっと一緒にいたい! だから、どこにも行かないで! じゃないと、私は……私は……!」
「安心しろ。俺は一人でどこにも行かないし、ずっと一緒にいてやる。だから、もう泣くな」
「ナ、ナオトさーーーーーーーん!」
「ナ、ナオ兄ーーーーーーーーー!」
俺の腹部に顔を埋めて泣く二人を見ていると娘がいたら、こんな感じなのかなあ……と考えていた。(大事な時なのに)
俺は二人が泣き止むまで、ずっと頭を撫で続けていた。
なあ、お袋。俺、この子たちの親代わりになってやれてるかな? 親父の顔も覚えていない俺にこいつらの親代わりなんてできるのかな?
まあ、うちのお袋なら、こういう時、きっとこう言うだろうな。
『あなたは自分ができる範囲でいいから精一杯サポートしてあげて。あとはその子たちが自分で考えて行動するようになるから』と。
元気かな、お袋……。
そんなことを考えているとミノリ(吸血鬼)が正座をした状態で、こちらの顔を覗き込んでいるのに気づいた。
「なんだ? ミノリ。うらやましいのか?」
「そ、そんなことないわよ!」
「ホントか?」
「ホ、ホントよ」
「怪しいなー」
「……しつこいわよ」
「調子に乗りました。すみません」
「よろしい」
ミノリは、なんとかなったのね……という顔をしていた。
それに対して俺は、まあな……という顔をした。二人は泣き疲れたのか、いつのまにか眠っていた。(少し息苦しいが、ふわふわしている髪に触れられるので許す)
「なあ、ミノリ。あと、どれくらいで着くんだ?」
「そんなの亀に訊きなさいよ」
「亀じゃない『ミサキ』だ」
「銀○?」
「いや、別に意識したわけじゃないのだが……」
「……そう」
「……ああ」
そう言うとミノリは俺の頭を撫でてきた。「お疲れ様。ニートのあんたにしてはよく頑張ったわね」と言いながら……。
俺は「ニートは余計だろ」と返した。
俺は今、身動きが取れないため、しばらく頭を撫で続けられそうだ。
小さくて柔らかいその手からは、優しさとかすかな温もりを感じた。
それは、お袋に頭を撫でてもらっている時と少し似ているような気がした。
だんだんまぶたが重くなってきたし、体も重い。今日一日で色んなことがあったから、無理もない。
ミサキ(外装)の速度だと着くのは明日になりそうだし、今日はもう……寝る……かな。
俺はそのまま眠りについた。
その日の疲労が溜まっていたのか寝つきは良かった。だが、この時の俺は、まだ知らなかった。
ミノリの……吸血鬼としての本能が……徐々に目覚めつつある……ということに……。
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