テラーノベル
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寿と田中が「もう一軒飲みに行くわ!」と満面の笑顔でバスに乗り込み、手を振って去っていったあと。
金沢駅のコンコースに、瑠璃と奈良だけが取り残された。
慌ただしい人の流れの中で、二人は真正面から顔を見合わせた。
「今まで……ありがとう」
「ありがとう」
ビジネスリュックに添えていた右手を、奈良がゆっくり差し出した。
瑠璃はその手を握り返し、静かに言った。
二年にわたる交際は、金沢駅で始まり、金沢駅で終わった。
「じゃ、また会社でね」
「おう」
瑠璃の自宅方面への最終バスはとうに過ぎていた。
タクシーの後部座席に乗り込み、ドアが閉まる。
窓ガラスの向こうで手を振る建の姿は、もう二度と滲まない。
「どちらまで?」
「あ……県庁方面のファミリーマートまでお願いします」
タクシーが右ウィンカーを出し、プール内で半円を描く。
交差点の信号が青に変わり、三車線の大通りを真っ直ぐに走り始めた。
LED街灯と街路樹が交互に流れていく。
瑠璃は携帯の画像フォルダを開き、建との写真を一つずつ削除していった。
(黒木さんに……会いたいな)
国道8号線の高架橋を越え、次の信号で左折する直前。
石川県庁の駐車場に、見覚えのある黒いクラウンが停まっていた。
「あ、ごめんなさい!」
「はい?」
「ここで! ここで降ろしてください!」
タクシーが路肩に寄り、ハザードランプを点滅させる。
瑠璃は「コーヒーでも飲んでください」と2,000円を差し出し、釣り銭を受け取らずに飛び降りた。
「お客さん! 鞄、鞄忘れてますよ!」
「あ、ごめんなさい!」
後部座席のドアがぱたんと閉まり、エンジン音が遠ざかる。
瑠璃は左右を確認すると道路を斜めに横断し、椿の垣根の隙間から駐車場を覗いた。
黒いクラウン。ナンバーは見覚えがある。
間違いなく黒木の車だった。
携帯を取り出し、震える指でLINEを打つ。
こんばんは
既読
黒木さん、今どこにいますか
既読
会いたいです
既読
会いに行ってもいいですか
既読
今、駐車場の横にいます
既読
バタン、という運転席のドアが閉まる音が響き、革靴の足音が右往左往した。
瑠璃がひょいと手を挙げると、黒木はすぐに気づき、垣根を飛び越えて歩道に降りてきた。
「黒木さん、何してたんですか?」
「いや、その……」
「もしかして、待ってた?」
「……会いたくて」
「はい」
「瑠璃さんに会いたくて、近くまで来たんだけど……どうしたらいいか分からなくて」
瑠璃はその首筋に腕を回し、黒木の頰にそっと口づけた。
黒木の腕が細い背中を強く抱きしめ、唇に深く、熱いキスを落とす。
通り過ぎるタクシーの行燈の光など、もう気にならなかった。
身体の芯が熱くなり、アルコールのせいか頭がふわふわと眩暈がした。
「ちょっと、こっちに来て」
黒木は垣根を乗り越え瑠璃を引き上げると、後部座席のドアを開け、その中に二人で滑り込んだ。
右手でドアを閉め、全てのロックを掛ける。
「会いたかった」
「私も……です」
見つめ合う瞳。
激しく抱き合い、啄むようなキスが、すぐに熱を帯びた。
舌と舌が絡み合い、黒木の舌が瑠璃の口腔内を貪るように舐め回す。
「ん……」
「どうした?」
「ごめんなさい……私、アルコール臭いんじゃないでしょうか」
「アルコール?」
「イカゲソの唐揚げも食べちゃいました」
「美味しそうだね」
「はい」
「そんなの、気にならない」
黒木は瑠璃に覆い被さり、首筋に舌を這わせた。
瑠璃も黒木の首筋に唇を押しつけ、強く吸い上げる。
ほんのり赤い痕が浮かんだ。
「瑠璃さん」
「はい」
「大好きです」
「は、はい……」
その後、二人は後部座席で、熱くとろける時間を過ごした。
息を整えたあと、黒木が静かに言った。
「明日、一緒に行って欲しい所があるんだけど」
「は、はい」
「明後日でもいい」
「はい」
「お疲れみたいだから、月曜にしようか」
「……大丈夫ですけど、どこに?」
「私の家です」
「ふ、ふぁいっ!?」
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