あ、龍也に似合いそう……。
そう思ったことに気づかない振りをした。
私はネイビーのマフラーから視線を逸らした。目に入ったダークグレーのマフラーは、勇伸さんに似合いそうだ。
マフラーじゃ、定番過ぎかな。
次に目に入ったのは、ネクタイ。
勇伸さんはいつもグレーか黒のスーツを着ている。濃淡の違いはあるが、覚えているのは、みんなそう。
ネクタイも同系色。それに、ほぼ無地。
グレーはグレーでも、ちょっとデザインのあるものとか……。
そう思って、ダークグレーに白の大きなクロスラインの入ったネクタイを手に取った。が、すぐに置いた。
結んだ状態で飾られているネイビーのネクタイをじっと見る。
結び目は無地で、剣はストライプ。同じデザインでグレーやブラウンもある。
龍也が好きそうだな。
ハッとして、目を逸らす。
すぐ隣には、ネクタイピンとカフスボタンのセットが並んでいる。
クリスマスの一週間前という時期に相応しく、プレゼントの定番商品が綺麗にディスプレイされている。
因みに、マフラーの奥には手袋。
私は人差し指の第二関節を曲げ、唇に押し付けた。
どうしよう……。
先週から、こうして毎日悩んでいる。
仕事帰りに色々見て歩いてはいるが、コレというものに出会えない。
いや、出会ってはいるのだろう。
勇伸さんに似合いそうなマフラーも手袋も、ネクタイもネクタイピンもあった。なのに、すぐに気が逸れてしまって、購入に至らない。
勇伸さんのプレゼントを探してるのに――!
気づけば龍也をモデルに想像している。
早く決めたいのに――!
ホテルでの気まずい一件から、勇伸さんは仕事が忙しいと大学にこもっているらしい。メッセージの返事はくるし、一日おきに電話もくる。五分ほどの、他愛のない会話だが。
とにかく、次に会えるのはクリスマスの予定。
仕事が忙しくてしばらく会えそうにないと電話で言われた時、クリスマスは一緒に居たいとも言われた。
勇伸さん自身がクリスマスに特別な意味を感じているようには思えないが、恋人らしくと考えてくれたのだと思う。
私は、楽しみにしている、と伝えた。
伝えた以上、プレゼントは必須。
というわけで、こうしてプレゼント選びに奔走しているというわけだ。
実のところ、龍也とは毎年プレゼントを交換している。
いつも、クリスマスは互いにフリーで、一緒に居たから。
違うか……。
龍也はずっとフリーで、私も――。
とは言っても、恋人ではないのだからと、高価なものは受け取らないと決めていた。だから、これまで龍也から貰ったものは、スマホケースやキーケース、卓上加湿器など。今も、使っている。
私は、手袋やキーケース、名刺入れをプレゼントした。今も、使ってくれている。
バカみたい……。
恋人にはならない、なんて言っていても、していることは恋人と変わらない。
セックスはするし、クリスマスと誕生日は一緒に過ごす。外出こそ避けていたけれど、それだけのこと。
龍也はずっと、私の我儘に付き合ってくれていた。
私のセフレごっこに。
私が『恋人が出来た』とメッセージを送ると、いつも『わかったとだけ返信があった。そして、私が『別れた』と送ると、その日か、その翌日に私の部屋に来る。食材を一杯買い込んで。
そして、龍也の作ったご飯を食べながら、私は愚痴を言う。
それを聞いている龍也は、少し嬉しそうに頷く。
食べ終わる頃には愚痴も尽きて、龍也に抱かれてしまったら、何を愚痴ったかも忘れてしまって。
そして、思う。
また、戻って来ちゃった……。
それから、やっぱり龍也の腕の中が一番安心できると確認して眠る。
最低だ――!
『お前は龍也の結婚式に、友達として出席できるか?』
陸さんに聞かれて、一瞬、想像した。
私じゃない誰かの腰を抱いて笑う、龍也。
私じゃない誰かと永遠を誓う、龍也。
『お前を諦めた龍也が選んだ女に、『お幸せに』って言えるか?』
言えるはず、ない。
『『結婚してくんなきゃ死んでやる』なんてカッコ悪い台詞、言わせないでくれよ?』
言われたいと、思ってしまった。
言って欲しいと、思った。
そうしたら、『仕方ないわね』って言えるのに――。
自分の身勝手さにぞっとして、逃げた。
部屋の窓から龍也の背中を見送りながら、限界を感じた。
陸さん、私はとっくに、友達には戻れなくなってるよ……。
「お客様?」
間近で女性の声が聞こえ、ハッとした。
「お悩みですか?」
「え?」
私と同じ年くらいの、私より背が高くて、私よりふくよかな女性店員が営業スマイルを見せた。
「そのネクタイ、素敵ですよね」
ボーっと考え込んでいた私は、さっき龍也に似合いそうだと手に取ったネクタイを、再び手に取っていた。
「特別な方へのプレゼントですか?」
「え……? あ、そういう……わけじゃ――」
「――すみません。熱心に見てらしたので」
「ごめんなさい。他のお客様の迷惑ですよね」と、私は慌ててネクタイを元の場所に戻す。
「いえ、そういうわけではないんです。ただ、このシリーズは私のおススメでディスプレイしたものなので、プレゼントの候補にしていただけたら嬉しいなぁ、と思いまして」
「そうなんですか」
「はい。私もプレゼントに購入したんです。すごく迷ったんですけど、私はボルドーにしたんです。あ、さっきディスプレイしていた物が汚れてしまって下げたんですけど……」
そう言いながら、店員さんが丸めて陳列されているボルドーのネクタイを抜き出し、手早く結んでディスプレイ用の型に飾った。
「いい色ですね……」
深く落ち着いた色。
合わせるスーツとワイシャツによって、ビジネスにもフォーマルにも合いそうだ。
「どうしよう」
龍也はよくネイビーのスーツや、ニット、パーカーを着ている。だから、ネイビーのネクタイなら無難に間違いないと思う。
けど、無難て面白くないかな……。
「スーツに合わせてみてもいいですか?」
「はい、もちろんです。どちらのお色をお持ちしますか?」
「ネイビーとボルドーを」
店員さんは二色のネクタイを型から外すと、私を店内奥のスーツのコーナーに案内した。
私は龍也が着ていたものに近い色のスーツを探し、二色のネクタイをジャケットの間に合わせてもらった。
ネイビーは間違いがない。
白のワイシャツでも、ネクタイにデザインがあるから地味にならない。
ボルドーも、似合う。
差し色にしても派手ではないし、ワイシャツの色次第ではくだけた感じにもなるから、使い勝手が良さそうだ。
「ボルドーにします」
「ありがとうございます! 他にご入用の物はございませんか?」
「いえ、ありま――」
言いかけて、思い出した。
勇伸さんのプレゼント!
私は店の入り口に戻り、もう一度ディスプレイされた商品を眺めた。
あ――!
「シリーズではないのですが、同じお色なんですよ」
私の視線の先を見た店員さんが、ネクタイと同じボルドーのマフラーを手に取った。
思わず、龍也が巻いている姿を想像する。
「似合う……かも」
違う!
私は思考を切り替えて、マフラーから視線を逸らした。
勇伸さんに似合いそうなもの……。
たくさんある。
たくさんあるのに、なぜかマフラーにもネクタイにも惹かれない。
身に着けている勇伸さんを想像は出来る。なのに、これ! と決められない。
「お客様?」
余程あたふたして見えたのか、店員さんに声をかけられた時、店内に閉店十分前の音楽と放送が流れた。
「これも一緒にお願いします」
咄嗟に、ボルドーのマフラーを指さす。
「お揃いで素敵ですよね」
店員さんは自分が勧めた商品を選んでもらえて嬉しそうだ。
結局、私はこの日、龍也へのプレゼントを抱えて帰った。
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