二年後、柊と花梨は都心の新築マンションの一室にいた。
リビングには、にぎやかな声が響いている。
このマンションは、高城不動産ホールディングスが都心の一等地に建てた人気物件で、柊が花梨に贈ったものだ。
今日はその引っ越し祝いに、中谷・萌香夫妻と、花梨の親友である紗世・幸次夫妻が訪れていた。
二組の夫婦は、柊と花梨の結婚パーティーで出会った。
パーティーは、浜田夫人の実家を改装した古民家風の素敵なレストランで行なわれた。
それ以来、三組の夫婦は交流を続けている。
結婚前の花梨は、まるで鉄壁の鎧をまとったように、恋愛に心を閉ざしていた。
けれど、柊と出会ってからは、そんな面影はすっかり消え失せ、今では肩の力を抜き、自然体で生きられるようになっている。
柊との出会いをきっかけに、花梨は少しずつ、本来の自分を取り戻していったのだ。
「それにしても、本当に素敵な物件ですよね~。都心の一等地で高城不動産の本社にも近いし。景色も最高だわ!」
萌香がうっとりしながらつぶやくと、すぐに紗世が反応する。
「何言ってるの~! 萌香さんたちの新居だってタワマンなんだから、景色は最高でしょう? あーっ、ほんと羨ましい!」
花梨も続いて口を開いた。
「湾岸エリアのタワマンだと、海が見えていいですよね~」
「ええ、まあ…..海が見えるのは、癒されますね~」
「あ~、いいな~! それに比べて、うちは郊外の戸建てだから、景色なんて全然期待できないし。こんな素敵なお部屋を見ちゃうと、やっぱりマンションにすればよかった~って思っちゃう!」
妻のぼやきを聞き、夫の幸次が困ったように言った。
「おいおい……庭付きの戸建てで、子供をのびのび育てたいって言ったのは君だろう?」
「あ、そうだった!」
紗世がペロッと舌を出すと、皆が一斉に笑った。
「そういえば、幸太(こうた)君は今日は実家でお留守番?」
「うん、そうなの。ばあばが預かるのを楽しみにしてて、『夜までゆっくりしてきていいわよ~』って。もう、孫に夢中で困っちゃう!」
紗世の話に、柊が微笑みながら言った。
「やっぱり、孫ができるとそうなるんですね」
「マジですごいですよー。三人で遊びに行っても、孫のことしか見えてないですから」
幸次がおかしそうに言うと、中谷も口を開いた。
「あはは……でも、そんなに喜んでくれるならいいじゃないですか」
「もちろん、いつもよくしてもらって、ありがたいんですけどねー」
その時、オーブンの音が鳴ったので、花梨がキッチンへ向かった。
「花梨、まだ何か作ってくれてるの? お腹いっぱいだから、ほんとにもう気を遣わないで」
「ううん、違うの。デザートにクッキーを焼いたの」
「クッキー?」
「へぇ……花梨さんはお菓子作りも得意なんですか?」
「得意じゃないけど、クッキーだけは時々焼くの」
「花梨は昔からクッキーが大好きだったから、お菓子作りといえば、いつもクッキーだよね」
「わぁ、私、焼きたてのクッキーって食べたことないから、食べてみたいです!」
「今、持っていくね」
花梨はクッキーを少し冷ましてから皿に移し、テーブルへ運んだ。
目の前に置かれた焼きたてのクッキーに、男性陣も興味津々だった。
「できたばかりのクッキーって、初めて見たなあ」
「ホクホクしてて、まだ温かそうですね」
「美味しいですよー。私も、花梨と結婚してから初めて焼きたてを食べました」
「ほんと、美味しそう!」
「バターのいい香りがする~」
「まだ少し熱いから、気をつけて召し上がれ」
花梨は笑顔でそう告げると、コーヒーを淹れにキッチンへ戻ろうとする。それを、柊がそっと引き止めた。
「俺が淹れるから、君は座ってて」
「ありがとう」
「課長、優しい~!」
「ほんとほんと! うちは、コーヒーなんて一回も淹れてくれたことないわ~」
紗世の言葉に、幸次がすかさずこう返した。
「ご飯は週一で作ってるけどね~」
「週一くらいで威張らないの!」
そのやり取りに、他の四人が思わず笑い出した。
それから、皆でクッキーを食べ始める。
一口食べた瞬間、思わず感嘆の声があがった。
「うわっ、美味しいっ! なんかすごく優しい味がする~」
「本当! 焼きたてってこんなに美味しいんですね」
「美味いですねー」
「うん、これなら何枚でもいけちゃうなあ」
花梨が焼いたクッキーは大好評だった。
皆に褒められながら、花梨も一枚手に取りそっと口に運ぶ。
(美味しい……)
まだ温かく、しっとりとしたクッキーは、ほんのり甘くて幸せの味がした。
その美味しさを噛みしめながら、花梨は心の中でこうつぶやく。
(私は、賞味期限のない、いつまでも美味しいクッキー……ううん、クッキーじゃなくて、いつまでも変わらない愛を手に入れたんだわ。素敵なパートナー、そして優しい仲間たちと一緒に、これからもっともっと素晴らしい人生を味わっていくのね……)
ほんのり甘いクッキーを味わいながら、花梨はその幸福感に静かに浸っていた。
ふと視線を上げると、アイランドキッチンでコーヒーを淹れている柊と目が合う。
二人はそっと視線を交わし、静かに唇を動かした。
『愛してるよ』
『私もよ』
笑顔を浮かべ見つめ合う二人は、再び仲間たちとの楽しい団らんの輪の中へ戻っていった。
<了>
コメント
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たまたま今週クールな御曹司はフラワーショップの店員を溺愛したい。を飲んでいて、昨日始めてこの作品を読んだのですがストーリーが続いてる感じがしてとても良かったです!
完結おめでとう御座います🥳 これまでのお話の方々の登場で、楽しませていただきました😁ありがとうございました😊 登場した方々のお話を読み返しながら、新作楽しみにお待ちしています♪
瑠璃マリ先生 素敵なストーリーをありがとうございました😊 毎日が楽しみにしていた更新がなくなり、今日はロスしています😭 でも、また新しいストーリーに出会える事を楽しみに仕事に励みます💓 ゆっくり休んでくださいませ🙇