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ゆうれい都とナギ

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ゆうれい都とナギ

7 - 第4話「海の家は夢のあと」

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2025年07月03日

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第4話「海の家は夢のあと」

海の音は、どこか遠くから流れてくるテープのようだった。

本物ではない波の音。繰り返し、決まったタイミングで砂利をなでていく。


ナギは、濡れたサンダルを脱いで、素足で浜辺に立っていた。

ミント色のTシャツは、首もとだけじっとりと汗を吸っている。

肩のくせ毛が塩気をふくんで、少しだけ重たく垂れていた。


海は広かった。けれどどこまでも浅そうで、遠くの水平線はぼやけていた。


「ねぇ、ナギちゃん」


ユキコは、背後からやってきた。

砂浜には足跡がつかない。

長い髪を風が持ち上げるたび、ベージュのワンピースがふわりと浮かんで見えた。

けれど、裾はなぜか濡れたままだった。


「お腹、すいてない?」


そう言って指差したのは、小さな海の家。

赤いのれんがかかっていて、でも屋根の上には貝がらが積もっていた。

ナギはうなずいて、ふたりで店に入る。


中は、潮のにおいがしなかった。

かわりに、乾いた紙と木の匂いがした。


カウンターの奥にいたのは、男か女かもわからない人だった。

顔はうすく、目だけがぼんやりと光っていた。


「何が食べたい?」


「……なんでもいい」


ナギが答えると、皿がすうっとすべって目の前に置かれた。

その上には、見たことのない料理。

いや──たぶん、見たことはあるはずなのに、名前が思い出せなかった。


ユキコも同じ皿を受け取り、手を合わせた。


「いただきます」


ナギはスプーンを持った。

でも、それを口に運ぶ前に、ふと気づいた。


ユキコは、食べなかった。

ただ、笑っていた。

それも、ごはんの時間に笑顔でいようとする“習慣”のような、うすい微笑み。


「食べないの?」


「……うん。わたしね、味、もうあんまり覚えてないの」


「じゃあ……なんで、ここに来たの?」


ユキコは答えなかった。

かわりに、小さく首をかしげて、海のほうを見た。


「ナギちゃんの顔を見てると、わたし、少しだけ味が戻る気がするんだよ」


ナギは、その言葉の意味がよくわからなかった。

でも、そのまま黙って、スプーンを口に運んだ。


味は、たしかにあった。

でもそれは、楽しい味ではなかった。

すこししょっぱくて、ぬるくて──何かを思い出しそうで、すぐに忘れてしまいたくなるような味だった。


ナギは皿を見つめながら、そっとつぶやいた。


「ここ、本当に“今”の世界なのかな」


ユキコは、海を見たまま答えた。


「たぶん、わたしたちが来るずっと前から、ずっと夏なんだと思う」


遠くで、波の音がまた同じタイミングで繰り返された。

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