ここは、エルスヴァン王国が管轄する、とある町の外にあるパン屋の前。
「見えます!あなたの未来が、はっきりと!」
ジルヴァン・レーヴェンハイトは、広場に集まった人々に向かって腕を振り上げた。
芝居がかった口調、感情を込めすぎた目線、空を指差すポーズ──
すべてが計算された“演技”だ。
「おぉっと、見えましたとも!銀貨をもう1枚握りしめたあなたが、明日の市で――なんと、値切り交渉に勝つ!」
「……しょぼっ!」
通りすがりの野次にも、ジルは動じない。
笑いでも失笑でもいい。雰囲気ができれば、人は財布の紐を緩める。
その横で、巨体を揺らしながらロマーノ・ガルシア・トレヴィーリが目をぎらつかせていた。
赤ら顔、汗だく、大げさなリアクション。嘘くささ満点──だが、どこか憎めない。
「おい!セレーネ!一回あいつの頭見てやった方が良いんじゃねぇか?」
中央で、これを観ている薬剤師のセレーネ。
「まぁ、大道芸としてはおもしろい」
観客は、沸き返る。
「民よ!この男、天啓を受けし預言者なり!彼の言葉は虚ではなく、うさんくさく見えてわりと当たる!」
「ロマそれ、余計じゃない?」
ジルが苦笑いで突っ込むと、ロマーノはニヤっと笑った。
「いや、今日はツッコミ入った方が集金率高いって思ったんだよね」
「勝手に芸風変えるな。あと銀貨、2枚集まったら飯行くぞ。俺は今夜こそ、無銭飲食で怒られたくない」
「じゃあ早めに逃げ道確認しとく!」
ぺたぺたと靴音を響かせてロマーノが脇道へと消えていく。
毎度のことだ。ペテンは2人で、逃げるのは1人で。
ジルはふっと息をつき、群衆へと向き直った。眼光が変わる。
今度は──本気だ。
「では、次の“未来”を……視ようじゃないか」
⸻
その夜、ジルは安宿のベッドで寝返りを打っていた。
いつもなら疲れと満腹感で即寝落ちなのに、今日は妙に身体が熱い。
背筋に嫌な汗がにじむ。
夢を見ていた。
炎。王宮の大広間。崩れる天井。
赤い絨毯の上で、剣を持ったまま絶命する衛兵たち。
遠くで誰かが叫ぶ。「アルフレッド陛下が――!」
その名前に、ジルの意識がぐっと現実へ引き戻された。
彼は跳ね起きた。心臓が喉元で暴れている。布団が汗で湿っていた。
「……なんだ、今のは……」
視た。それは確かだ。ただの夢じゃない。あれは“未来”だった。
ジルの中で、今までのペテンのすべてが小さく見えた。
これは笑い事じゃない。自分が見たのは、明日──
王が死ぬ未来だ。
⸻
朝。ロマーノがパンを口にくわえて戻ってきた。
「おいジル〜、起きてんのか〜。昨日のばあさん、銀貨じゃなくて青銅貨だったぞ、あれはペテンだ」
ジルは無言で上着を羽織っていた。
「どうした、顔真っ青じゃん。お前、まさか……本当に何か視えたのか?」
「……王が死ぬ。明日。正午」
ロマーノがパンを落とした。
「……は?」
⸻
「火薬だ!王宮の厨房、地下の通路に火薬が仕掛けられてる!明日、正午に爆発する!陛下が危ない!」
ジルは王宮前で叫んでいた。喉が枯れるほど叫び、息が上がり、目の前が霞んでいた。
「またお前か」
近衛兵のひとりが鼻を鳴らす。「ペテン師ジルヴァン・レーヴェンハイト。軽犯罪で五度目の出入りだな」
「今回は違う!マジで違うんだ!俺は……俺は本当に、未来を――」
「処罰は?」
ひときわ冷たい声が割り込んだ。灰色の軍服。黒い手袋。眼鏡の奥で微動だにしない瞳。
「バリュス卿……」
「予言の名を騙る行為は神殿法で禁じられている。通常、投獄。前科があるなら、即刻送致も可能だ」
「待ってくれ、これは違う、俺は……演技じゃない。俺は……」
ジルの声が震えた。
目を見て話しても、誰も信じない。眼力が通じない。
「……ならば一度目としよう」
バリュス卿は言った。「次に同様の行為を行えば、牢へ送る。二度目はない」
そのまま、彼は踵を返した。
ジルはその場に立ち尽くした。ロマーノの姿はなかった。
⸻
そしてその日の深夜。
王宮の厨房の地下。誰もいない通路に置かれた、大きな木箱。
静かに、ぴくりと、導火線が震えた。
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