「大丈夫かい? あのお兄さん…… 」
部長が目を白黒させて聞いて来る。ふんわりと楓と私の関係も把握している唯一の存在だ。余りにも心配になり付け回しで助け船を出してくれたようだ、仕事が出来る男は頼りになる。
「然《しか》しあの氏家直樹《うじいえなおき》が君のお兄さんだなんてね、びっくりだよ」
「私もびっくりですよ、兄とはちょっと疎遠になっていて、いきなり芸能界に入るなんて思ってもみなかったので」
「でも、兄妹として見ていても、ちょっと距離が近い様な気がするね。大丈夫? 」
「大丈夫じゃないですよ、部長さんには姉さん《楓》のフォローをお願いしたいです。さっき凄く怒ってたみたいだし…… 」
「あぁ出来る限り努力してみるよ」
「それと懲らしめたいので、兄のテーブルに2万のフルーツ盛りと、ボトルでヘネシーのXOと、炭酸と丸氷とロクタン《ロックタンブラー》も、それとオーパスは在庫あります? 」
「オーパスは在庫無いな、他店に聞いてみるよ。シャトー・デュケムなら何とかあるかもしれない」
「特別1級の白ですか…… 」
―――甘いし女の子には丁度いいか……
他店に聞くとは分かり易く言えば近所のキャバクラ、若しくはBar等に在庫があるかどうか確認すると言う意味である。ヴィンテージ級の酒は入手困難となり、酒屋でも取り扱いが難しい。その為近隣の飲食店は常日頃から交流し合い助け合い、貸し借りを経て共存している。
業界用語では『借りる』と言う―――
酒を持っている所から借りて来て、相手が希望する値で買い取る事を言う。キャバクラで良心的な店では通常「5かけ」がボトルの値段となる。原価の5倍と言う事だ。仕入れ単価が10万を超えると×3~5となり時価により変動する。
「デュケムの上代《じょうだい》は? 」
「20万だね」
「ロマネあります? 」
「あるけど300越えちゃうよ? 彼、いちかちゃんのお兄さんなんだよね? 潰しにかかってるとしか思えないんだけど…… 」
「一回、痛い目に遭わせたいんです。もう二度と来ないように、でも流石に300は可哀想か…… 」
「うん…… やりすぎな気がするけど」
「じゃあロマネは見送りで、その代わり出前の特上握り5人前とヘルプ3人《飲み要員》お願いします」
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