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「そ、それはあれですよね……子供が大人に甘えたい的な……」


アルファルドがいきなり彼らしくないことを言い出すものだから驚いてしまったが、きっとミラの感情がそのまま引き継がれているのだろう。そうに違いない。


……とエステルは自分に言い聞かせたが、アルファルドは気まずそうに額に手を当てた。


「ミラの気持ちの影響もあるだろうが、そのせいだけではないような気がする。もっと前からおかしいんだ。君がそばにいると心臓がうるさくなるし、いつまでも君を見ていたくなって、自分が自分ではないような……」

「それは…………おかしいですね」


アルファルドの訴える症状に心当たりはあるが、どう答えればよいものか分からない。


(だ、だって、それはわたしに恋してるのでは、なんて言えるわけないわ……!)


幼い頃からずっと心が不完全なまま過ごしてきたアルファルドは、おそらく家族への「好き」は分かっても、恋愛感情となるとよく分からないのかもしれない。


でも、きっと近いうちに、その不思議な現象の理由が分かるはずだ。

自分としても心の準備が必要だし、それまでは知らないふりをしておこう。


そう思いつつ、エステルは念のために一冊の良書の存在をアピールしておく。


「アルファルド様、『世界で一番強力な魔法』という本が参考になるかもしれませんよ」

「……? それは前に間違えて購入した本だが、今度読んでみよう」



それから、互いに一定の距離を保ったまま、無言の時間が続いた。

ミラがいないと、こんなにも空気が変わってしまうのか。

一向に止む気配のない雨の音だけが、部屋の中に響く。


「雨、なかなか止まないですね」

「そうだな」

「お出かけは充分楽しみましたし、もう家に帰りますか? アルファルド様の魔法があれば、雨に濡れずに帰れますし」


このままぎこちない時間を過ごすのも気が張って疲れるだろうと思って、そう提案してみる。

しかし、アルファルドは何事か考えるような様子を見せたあと、なぜか首を横に振った。


「いや、今日はここに泊まることにする」

「えっ、どうしてですか!?」


まさかそんな結論になると思わなかったエステルが大声をあげる。


雨のせいで他に部屋は空いていない。

つい先ほど「近づかないでほしい」だとか言って照れていた人が、ベッドが一つしかないこの部屋に二人きりで泊まろうだなんて、どう考えても理屈が通らない。


いや、逆に正気ではないからこんなことを言い出してしまうのだろうか。


「アルファルド様、二人きりで泊まるのはちょっと……。家に帰ったほうが落ち着きますよ」


アルファルドを説得しようとしたエステルは、けれど向こうからの反論を聞いて考えを改めた。


「エステル、家に帰ったほうが完全に二人きりになってしまうだろう?」

「……あ!」

「ミラはもういないし、森の中は静かだ。たとえ部屋が別でも、今の状態だと私はきっと意識して落ち着かなくなってしまう。だが、宿屋ならほかにも人がいるから気が紛れるはずだ。だから、ひとまず今夜はここに泊まらせてもらえないだろうか」


たしかに、よく考えたら、森の家に帰ったほうが互いの存在を強く意識してしまうだろう。

宿屋の人や宿泊客たちのいるこの場所に留まるほうが、心の安寧のためにいいかもしれない。


「わ、分かりました。では、とりあえず今夜はここに泊まりましょう……!」



◇◇◇



それから、宿屋の食堂で夕食をとり、浴場で体を洗って温まったあと。

エステルは部屋の真ん中に立ったまま固まっていた。


(ちょっと待って、どこで寝たらいいの……!?)


なんとなく、夜はエステルがソファで寝ればいいかと思っていたが、よくよく部屋の中を見渡せばソファなんてないし、椅子も一脚しかない。


(これはわたしが床で寝るしかないわね……)


アルファルドは王族だ。

彼を差し置いて自分がベッドで寝るわけにはいかない。


しかし、エステルが床で寝ると申し出ると、アルファルドはすぐさま却下した。


「見たところ大きめのベッドのようだから、一緒に使えばいいだろう」

「????」

「私はもう横になる」


そう言うと、アルファルドはさっさとベッドに入って横になった。


(大きめのベッドだから、一緒に使えばいい……?)


つい先ほどのアルファルドの言葉に、エステルの頭の中は疑問符でいっぱいになる。


エステルを床で寝させない気遣いなのは分かるが、どうして一緒に使うことになるのか。

けれど、やはりアルファルドに床や椅子で寝てもらうわけにもいかない。というか、彼はすでに布団の中に入っている。


(仕方ない、ぎりぎり端っこで横にならせてもらうことにしよう……)


気まずくて眠れないかもしれないが、一晩くらい我慢するしかない。

そう覚悟して、エステルはベッドの反対側からそっと布団の中に潜り込んだ。


「……エステル」


布団に入った瞬間、アルファルドに名前を呼ばれて、エステルはどきりとした。


(な、何かしら……。やっぱり一緒に寝るのはやめようってことなら賛成だけど……)


アルファルドに背を向けたまま、「なんですか?」と尋ねると、アルファルドは仰向けのまま言葉を続けた。


「ミラの記憶が蘇ってきた。ミラは君と一緒に眠って心が安らいだみたいだが……私の場合は緊張するみたいだ」


(そんなこと、わざわざ報告しなくてもいいのに……!)


エステルは両手で顔を覆った。

そんなことを聞かされては、こちらまで余計に緊張してしまう。


(ミラが心に戻ってきたからか、以前のアルファルド様よりも口数が多くなっている気がするわ……)


これ以上、恥ずかしくなるようなことを言われる前に話を逸らしたほうがいいかもしれない。


「そ、そういえば、良心を犠牲にして闇魔法使いになったと仰っていましたけど、ミラがアルファルド様の心に戻ったということは、もう闇魔法は使えないということなのでしょうか?」

「どうだろう。力が無くなったようには感じないが……」


アルファルドが手のひらを返して力を込めると、黒色のオーラが湧き出してきた。

エステルも、ころんと寝返りをうって黒いオーラを見つめる。


「使えるみたいだな」

「どうしてでしょう……」


闇魔法は良心をなくさないと使えないはずではなかったのだろうか。

不思議に思うエステルに、アルファルドが答える。


「使えはするが、たとえば君を洗脳しろと言われても、そんなことをする気にはなれない。以前の私なら何も思わず、言われたとおりに魔法をかけていただろうが」

「なるほど……。良心があると闇魔法使いになれないというのは、そういうことだったのかもしれませんね」


エステルが納得してうなずいていると、アルファルドがエステルのほうに体を傾けた。


「……だが、君を洗脳なんてしたくないが、君が私のことばかり考えてくれたらいいと思ってしまう。ちゃんと良心が戻ったはずなのに、こんな風に自分勝手なことを考えてしまうのはどうしてなのだろう」


アルファルドが心底悩ましげに尋ねてくるが、エステルが正解を教えられるわけもない。


「ど、どうしてでしょうね……!? うーん、わたしにはよく分からないのでもう寝ます、おやすみなさい……!」

「ああ、おやすみ、エステル」


エステルはベッドの端っこに丸まって目を瞑り、一生懸命に羊の数を数えたが、やはりなかなか寝つけなかったのだった。


聖女は結婚相手の王子を捨て、闇魔法使いの手を取る 〜どうか私を呪ってください〜

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