【日本・梅田】
時刻は夕暮れ時、大阪の空が茜色に染まり、JR大阪駅のネオンが遠くで瞬き始める、リムジンの黒光りする車体が、梅田の喧騒に溶け込むように静かに『エルグランドメゾン新梅田タワービル』のエントランス前に滑り込んだ
「ふ~ん・・・♪・・・ふふん♪」
伊藤定正は鼻歌を歌いながらリムジンの後部座席から颯爽と降り、後ろのトランクを開けた、そこには等身大のクリーム色のテディ・ベアがいた、定正はその首に赤いリボンをつけた大きなテディ・ベアを抱え、鼻歌を歌いながら、数年前、駅前に建設されたばかりのビルの1階ロビーを歩く、軽く3億越えの20階から上が住居のこのマンションは、定正のような成功者だけが手に入れられる聖域だ
完璧に仕立てられたダークグレーのテーラードスーツに包み、ネクタイの結び目をわずかに緩るませ、50代手前の男の顔立ちは、鋭い目つきと柔らかな微笑みのコントラストで人を引きつける、肩にかけたハンドバッグはエルメス、足元はイタリア製のピカピカのローファー
定正はロビーまでスーツケースを引きずって来た運転手に軽く頷く
「ありがとう、小保方さん、今日はこれで」
運転手は帽子を脱いで深く頭を下げて去って行った、定正はポケットからスマートフォンを取り出して指紋認証アプリを起動させる
すると僅かな住居者専用出入口の電子音が響き、まるでお城の城門の様な自動ドアが無音でスライドオープンした、カウンターの向こうに座るコンシェルジュの若い女性が定正の姿を認め、即座に立ち上がって嬉しそうに駆け寄って来る
「こんばんは伊藤様、お帰りなさいませ、本日はお疲れのところかと存じます、何かご用件はございますか?」
彼女の声は穏やかで、プロフェッショナルな微笑みが浮かべていた、すかさず定正の引きずるスーツケースを彼女が取って代わる、紺色のタイトスカートの制服の胸に「梶原」と名札が付けられている
「おおっ!ありがとう」
コンシェルジュサービスは24時間365日、宅配物の管理からレストラン予約、さらには屋上のプライベートヘリのチャーター手配まで対応する、定正は彼女に微笑んで言った
「いや、今日は何もないですよ、いつもありがとう」
定正は彼女の歩調に合わせてゆっくりと歩いた、ヒールの音が大理石の床に控えめに響く、エントランスの壁際には、巨大な花瓶に活けられた季節の花—・・・
白いユリのアレンジメントが、柔らかなスポットライトに照らされ、訪れる者の目を楽しませる
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