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白山小梅
12
#借金
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寝返りを打つと、カーテンから差し込む太陽の日差しがちょうど|七香《ななか》の瞼を照らす。あまりの眩しさにタオルケットを頭から被ったが、それと同時にスマホのアラームがけたたましい音を立てて鳴り始め、観念して布団から顔を出した。
すると寝ぼけ眼の七香の目に、二段ベッドの上から梯子を伝って降りてくる足が見えた。その人物は降りるよりも前に体を屈め、七香に笑顔を向けた。
「おはよう、七香ちゃん」
ショートの黒髪がさらりと揺れ、カーテンから差し込む日差しにきらりと輝く。同室の|相原《あいはら》|奈子《なこ》は七香より五つ年上の大学四年生で、さっぱりとした女性だが、大きな黒い瞳の奥では何を考えているのかわからないような、魅惑的な女性だった。
叔父の|松葉《まつば》|海舟《かいしゅう》が経営するペンションで、八月に入ってから住み込みでアルバイトを始めて一週間。アルバイトの先輩である奈子に仕事を教えてもらいながら、大変なこともたくさんあるが、それでも人生初めての仕事に励んでいた。
「おはようございます。奈子さん、いつもすぐに起きられてすごいですね。私なんて、危うく二度寝しちゃうところでしたよ」
海舟の友人の子供である奈子は、結婚していない彼にとっては娘に近い存在らしく、昔からよくこのロッジの手伝いをしてきたという。
「最初はそうだよね。少しずつ慣れていくと思うよ。じゃあ朝食の準備が始まる時間だし、そろそろ行こうか」
七香は頷くとベッドから降り、洗面台で顔を洗ってから着替えを済ませる。このロッジの制服である紺色のシャツとベージュのパンツと前掛けを着用す、髪を一つにまとめた。
奈子に続いて部屋を出ると、屋外の渡り廊下を進む。ここは住み込みの従業員用の建物になっていて、ペンションへと繋がっていた。
川のせせらぎに耳を傾けていると、たくさんの木々の中を朝の爽やかな風が吹き抜けていく。七香は大きく息を吸い、ほうっと息を吐いた。今日も一日頑張ろうと、気合いが入る瞬間だった。
「今日も頑張るぞ!」
「うんうん、頑張ろうね」
思い切り背伸びをし、大きな声で宣言すると、中央棟への扉を開けた。
* * * *
七香の叔父が経営するペンションは、白壁と赤い屋根の可愛らしい洋館で、そこから歩いて五分圏内にコテージも三棟建っていた。
元々ホテルのレストランで腕を振るっていたが、このペンションを経営していた父親が早くに亡くなったことと、七香の母が嫁いでいたこともあり、叔父が跡を継ぐことになったのだ。
その際にペンション全体の改装と、新たにコテージを建て、カップルや友だち同士だけでなく、ファミリー層にも利用がしやすいようにしたという。近くにアウトレットや観光スポットもある上、叔父が携わるペンションでの食事も美味しいと評判で、ネットの記事にも時々取り上げられていた。
七香がこのペンションを訪れる機会は、これまでほとんどなかった。しかしどうしても欲しいカメラがあり、校則で禁止されているアルバイトをバレないようにするため、叔父のペンションで短期間だけ雇ってもらうことにしたのだ。
仕事は食堂での朝食と夕食の準備、配膳、片付け。それから頼まれれば清掃の手伝いなどをした。それ以外は基本的に自由な時間が設けられていた。七香はその時間を利用して、緑豊かな自然に囲まれたこの場所ならではの風景を何枚もカメラに収めていた。
そしてこの日も朝から笑顔を振りまきながら接客をしていると、少し遅れた時間に男女のカップルが食堂に入ってきた。食事を終えたテーブルの片付けをしていた七香の手がピタリと止まる。
二人とも背が高く、そして揃って端正な顔立ち。女性は黒のタンクトップに白のワイドパンツ。ロングの茶色い髪を後ろで一つにまとめ、少しほつれた髪が顔の横に流れる様子すら輝いて見える。男性は黒のTシャツにデニム、少し長めの茶髪が緩やかにうねっていた。あまりにも美しい光景に七香は思わず目を見開き、そして今手元にカメラがないことを悔やんだ。
昨日の夕食にはいなかったが、朝食だけの人も中にはいるので、もしかしたらそういう人たちなのかもしれない。
二人のことをぼんやりと眺めていた七香に、
「七香ちゃん、ガン見し過ぎだよ」
と奈子が声をかけたため、慌てて視線を逸らした。
「す、すみません……」
再びテーブルの片付けを始めると、それを手伝うように奈子が隣に立つ。
「大丈夫。あの方……|奥野《おくの》様とお連れの男性、昨日の夜遅くに到着されたの。三泊四日でコテージのA棟に宿泊するんだって」
「あぁ、コテージなんですね」
コテージのA棟は定員が大人三名の、リビングダイニングとシングルベッドが二台の寝室がある、割と小さめの建物だった。コテージに宿泊する人は食事の際に、食堂まで来るか、部屋に運ぶかの選択が出来るのだが、この二人はこちらに来ることを選んだようだった。
「あの人、時々雑誌にも載ってたりするけど、見たことない?」
「えっ、有名人なんですか?」
「うん、確か都内に美容室を展開してる会社の社長じゃなかったかな」
「社長……すごい人なんですね」
彼女から感じたオーラの正体が判明し、口からは感嘆の吐息が漏れる。自分の力だけでこの場所まで上り詰めた、自立した女性の強さや美しさを感じた。
ただ七香は二人に対し、少しだけ違和感を覚えた。女性は仕事をバリバリこなしているタイプに見えるのに、男性はどう見ても若く、大学生くらいに思えたのだ。
二人はどんな関係なのかーーコテージに二人で泊まるくらいだし、何もないはずがない。それは恋を経験したことのない七香にとっては未知の世界のことであり、想像するだけで心拍数が上がっていく。
そんな七香の表情に気付いた奈子は、クスッと笑った。
「気になると思うけど、仕事中は特に顔には出さないようにね」
「は、はいっ」
ふと彼らの方に視線をやれば、運ばれてきた朝食プレートを食べながら、静かに言葉を交わしている。
いつか大人になれば、私もあんな風になれるのかなーー今は友達といると大はしゃぎをしてしまうし、あんな風に落ち着いて食事をするなんて別世界の話だ。
今の自分の年齢だと、年下といっても二歳差くらいが限界だろう。年上ならばいくらでもいけるのにーー二人をチラッと見た七香は、自分とは縁遠い光景に思わず苦笑した。