事件のあと、時間は奇妙に流れた。
警察や書類の話は、
すちの耳には遠かった。
誰かが話している。
誰かが決めている。
でも、みことの家に戻った、
その事実だけは、はっきり残っていた。
玄関の鍵が閉まる音。
それだけで、すちは肩をすくめた。
「……ここ、もう」
声が、途中で止まる。
「大丈夫」
みことは、すちの前に立って、
いつもより少し低い声で言った。
「誰も、入ってこない」
断言だった。
すちは、
その言葉を、何度も心の中でなぞった。
同居は、
前よりも静かになった。
会話が減ったわけじゃない。
むしろ、みことはよく声をかけてくる。
「水、飲む?」
「無理しないで」
「今日は、休もう」
でも、すちは――
それに、どう答えたらいいのか分からなかった。
(……頼って、いいのか)
頭では分かっている。
ここにいていい、と言われている。
それでも、
胸の奥に、ずっと残っている。
**「必要ない」**という声。
夜。
布団に入っても、眠れない。
すちは、天井を見つめながら、
小さく息を吐いた。
「……みこと」
隣の布団が、少し動く。
「起きてる」
「……ごめん」
「謝るなって」
みことは、そう言って、
少し間を置いた。
「……怖い?」
すちは、
一瞬だけ、考える。
「……うん」
正直だった。
「でも」
言葉を探す。
「……ここは、ちがう」
みことは、
それを遮らなかった。
「……だから、余計に」
声が、震える。
「……壊したら、どうしようって」
みことは、
ゆっくりと上半身を起こした。
「壊れない」
「……」
「壊れたら」
一度、言葉を切る。
「一緒に、直す」
それは、
簡単な約束じゃなかった。
すちは、
喉が、ぎゅっと締まるのを感じた。
数日後。
昼間でも、
急に手が冷たくなることがあった。
音に、過剰に反応する。
背後に、人が立つだけで、息が浅くなる。
「……大丈夫」
口では言える。
でも、
体が、言うことを聞かない。
その日、すちは、
台所で立ち尽くしていた。
包丁を持ったまま、
動けなくなっている。
「すち」
みことの声で、
はっと我に返る。
「……ごめん」
「置いて」
優しく、でも確実に言う。
すちは、
包丁を置いた。
手が、震えている。
みことは、
その震えを、見逃さなかった。
「……言って」
「なにを」
「助けて、って」
すちは、
息を呑んだ。
(……言って、いいのか)
頭の中で、
過去の声が、騒ぐ。
「自分でやれ」
「甘えるな」
「迷惑だ」
でも――
今、目の前にいる人は、違う。
みことは、
待っている。
急かさない。
視線も、逸らさない。
「……」
すちは、
唇を噛んだ。
そして、
小さく、でもはっきり言った。
「……たすけて」
その瞬間、
胸の奥が、熱くなった。
崩れる、というより、
ほどける感覚。
みことは、
すぐに抱きしめなかった。
ただ、
一歩近づいて、言った。
「呼んでくれて、ありがとう」
それだけ。
それだけなのに、
すちは、声を上げて泣いた。
泣き終わったあと。
二人で、床に座る。
「……俺さ」
すちは、
少しだけ前を向いて言った。
「……好き、とか」
言葉が、詰まる。
「よく、わからない」
「うん」
「でも」
深く息を吸う。
「……ここに、いたい」
みことは、
少しだけ笑った。
「それでいい」
そして、静かに付け足す。
「一緒に、覚えていこう」
何を、とは言わなかった。
でも、
それで十分だった。
夜。
電気を消す前、
すちは、ぽつりと呟いた。
「……今日は」
「うん」
「……ひとりじゃ、なかった」
みことは、
答えなかった。
ただ、
同じ部屋にいる。
それが、
今の答えだった。
昨日投稿しなくてごめんなさい!
今日は、わかりません






