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「姫様……」
晴康《はるやす》が、発したそれは、女の声だった。しかも、常春《つねはる》と、上野には、何処かで、一度、聞いた事があるような、声でもあった。
「あー!だからね!玉里《たまさと》!私、抱き合ってなんか、いないんだからぁ!」
徳子《なりこ》が、駄々をこねる。
何か、空気が、よじれるような、そして、頬を、何かが、かすめた様な気がして、皆は、はっとした。
瞬間、いる、守恵子《もりえこ》の房《へや》は、ゆるゆると、捻《ねじ》れ、宵時《よいどき》の女人の房へと様子が変わった。
見えるのは、玉里と、呼ばれて、頷く、晴康の姿と、甘えるように、駄々をこねている、守恵子より、少し幼い、姫君──徳子の姿だった。
ひいっ!!!と、皆は、息を呑むが、その、些細な具合《おと》は、徳子には、感じ取れないようで、まるで気が付いていない。
こちらと、あちらの間には、見えない帳《とばり》が、下りているのかと感じるほど、二つの、場面が、存在しているように思えた。
「だから!扇の金具が外れたのは、絶対に、一の姫様の所の、安見子《やすみこ》の仕業なんだって!それしか、考えられないもの!」
安見子と、聞いて、またまた、皆は、ひいい!!!と、声にならない声を発した。
守近の竹馬の友、斉時《なりとき》の正妻、そして、秋時の母でもある、人物の名前が挙がるとは……。
「あ、兄様」
「あ、ああ」
上野も、常春《つねはる》も、意味がわからず、しかし、何か、とてつもない事を聞いてしまったような気がして、戦《おのの》いた。
そんな、二人に、守恵子は、
「あー、因縁の二人というやつだったのね」
と、あっさり、納得している。
そんな、動揺しきる、こちら側に、晴康が顔を向け、しいー、と、口元に指を添えた。
どうやら、晴康には、こちらの様子が分かるようだった。
「ですが、姫様?勝手な判断で、物を言ってはなりませんよ?」
徳子付きの女房、玉里であろう、晴康が、徳子を諭す。
「一の姫様は、舞の練習の時も、文句ばかりで、自分の思い通りに、事を運ばれて!ご教授くだされた女房様も、参ってらしたわ。だから、私、言ってやったの!一の姫様いい加減になさいまし!って!」
この、徳子の叫びに、あーーー、と、一同は、ガックリと頭《こうべ》を垂れた。
だから、徳子は、一の姫様とやらに、仕返しされたのだ。
よくは、わからないが、何かの舞の教授中、自分勝手な、一の姫に、注意した徳子が、本番の舞の席にて、恥をかかされた。
舞扇の、金具が緩み、扇が、バラけてしまったのか。
もちろん、そもそも、金具が、緩んでいる事などありえない。
一の姫とやらが、おそらく、仕える女房、安見子に、命じて、舞扇に細工を施したのだろう。
「……母上も、なかなか、勝ち気な姫君だったのですね」
守満《もりみつ》が、顔をひきつらせながら言う。
「なんというか、やっちゃう人、だったんだ……玉里様も、お気の毒なことで」
上野が、ポツリと言う。
「で、でも、母上は、母上ですわよ!」
守恵子の言葉に、皆、はっとして、うんうんと、唸るように、返事をした。
「あー!でも、すっきりしたわ!お陰で、五節《ごせち》の舞から、外されたんですもの!」
「なっっっ!!!!」
またまたまた、一同は、徳子の一言に、息を飲んだ。さすがに、今度は、皆、腰を抜かしそうになっている。