テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「だが、真理子と別れたお陰で、俺は音羽奏という誰よりも何よりも大切にしたい女性と出会えた」
怜の言葉に、奏が弾かれたように彼を見上げると、彼女を抱き寄せている手に、更に力が込められた。
怜の眉間に深く皺が刻まれ、最終警告するように殺気を纏わせた視線と、感情を捩じ伏せつつ強い口調で言い放つ。
「圭。奏に手を出してみろ。その時は俺はお前を絶対に許さない……! 絶縁だからな!」
怜の言葉に、もう彼と寄りを戻せる希望も何もないと悟った真理子は、奈落に突き落とされたように項垂れる。
先ほどまで冷笑していた圭は、怜を覆っている激しい敵意のようなものに、本気だと肌で感じたのだろう。
一喝された瞬間、卑しい笑いは消えて顔が狼狽え、弟から視線を外した。
今までのやり取りを黙って見ていた奏が表情を消すと、敢えて空気を読まないように、白々しく圭と真理子に言い放った。
「ここまで来ると何かもう、どっちも…………サイアク過ぎだし」
怜は、改めて奏を大切にしていくという決意を抱き、圭と真理子を交互に見やる。
「この先どうするのか。お前らの事はお前らで決めろ。このまま結婚するのか、または婚約破棄して別れるのか。正直、こんな奴らの事なんか、俺はどうでもいい」
怜は奏の肩を抱いたまま『行くぞ』と彼女に促し、圭と真理子の横を通り過ぎた後、立ち止まって冷淡に言葉をかける。
「圭。奪ったものは、いつしか必ず奪われる。せいぜい気を付けるんだな」
そう言い残し、彼は奏の肩を抱いたまま、二人を置き去りにして公園を後にした。
***
本当に大切な人は、失った後にどれだけ存在が大きかったのかを初めて知る。
それから寄りを戻そうとしても、もう遅いのだ。
真理子も怜の一途な性格を、ある程度は理解していたはず。
怜の真剣な気持ちや想いよりも、圭の『持ち物』に目が眩み、自らの意思で兄を選び、こういう結果を招いたのだ。
まさに『自業自得』だ。
怜の抱えていた暗い影の全てを知った奏。
自分と似たような過去の傷を抱えた怜が、自分の事を後回しにしてまで、『奏の全てを全部受け止める』と言ってくれた事に、愛おしさが込み上げる。
「怜さん」
公園を出る直前、奏は立ち止まり、怜と向かい合う。
「奏? どうした?」
クールな奥二重の瞳が、奏を穏やかに見つめている。
親友の結婚式で出会った時、怜の第一印象は一言で言うならサイアクだった。
それが今では、大好きで愛おしくて堪らない。
奏も怜に眼差しを送り、二人はひとしきり視線を絡ませた。
繊麗な両腕を伸ばし、小さな手が怜の頬を包むと、グイっと引き寄せて唇を塞ぐ。
突然のキスに、彼は目を見開いて固まったままだ。
焦らすように奏が唇を離し、自然と溢れ出た笑顔を向けて怜に言った。
「怜さん…………大好き」
奏らしくない告白に、怜は顔を真っ赤にさせ、照れながら唇を綻ばせた。