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——アイツを、ただ抱きしめたい
こんなに衝動的に一人の女を抱きしめたいなんて思うのは、三十三年の人生で初めてではないだろうか。
侑は一度そこから離れ、二階の寝室に行き、着替えを取りに行くと、バスルームへと舞い戻る。
ドアノブに手を掛け、大きく息を吐き出した後、勢い良く開いた。
「九條。入るぞ」
『……っ…………えっ……え? 先生!?』
先ほどまでシクシクと泣いてた瑠衣が急に焦り出し、あたふたしている様子が、曇りガラス越しに見て取れる。
侑は着ていたものを全て脱ぎ去り、ガラス戸を開けると、瑠衣は慌てて湯に浸かる。
シャワーの蛇口を全開にし、髪と身体を洗っていると、バスタブから視線が飛んでくるのを感じた。
侑が彼女を見やると、濃茶の瞳を宙に浮かせ、体育座りで湯に浸かる姿が、不躾だと思いつつ何だか可愛らしい。
火災が起こる直前まで、互いを貪るようなセックスをした女とは思えない。
全てを清めたところで、侑はバスタブに浸かり、瑠衣の真正面に座って視線を突く。
「なっ…………何……ですか……」
「…………お前、さっきまで…………泣いてただろ」
彼の真剣な眼差しを向けながらの問いに、瑠衣が辿々しく頷き、そのまま顔を伏せて黙り込む。
侑はニュースで見た事を、彼女に話すかどうか迷っていた。
本来ならこの事は、侑の口から話すべき事ではないのかもしれない。
本人の目で見て知った方がいい、というのも分かっている。
しかし、あの娼館で家族同然だった存在の死を、正直に伝えた方がいいのではないか、と侑は苦渋の決断をした。
「…………オーナーの女性、先ほど亡くなったそうだ」
その言葉に、瑠衣は弾かれたように顔を上げ、面差しが歪んでいく。
「お前が風呂に入っている時、テレビを見てたら、ニュースの続報で…………そう伝えられていた」
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