まずい!と、髭モジャが声を挙げて駆け出した。
「あ、髭モジャ様?」
「今日の、門番は、事情を知らぬのじゃ!」
見れば、紗奈《さな》達が、主《あるじ》、守近の友、斉時《なりとき》の屋敷の門番と、揉めている。
「あー!なんとお足の早い事じゃ!若様と、姫君達は!」
突然現れた、髭ヅラの男に門番は、怪訝な顔をよこした。
「此方は、少将守近様のお子様達じゃ、此方の、ご嫡男、真平《まひら》様にお目通りに参った」
門番は、ならば、何故、徒歩なのかと、更に、怪訝な顔を向けて来る。
「あー、牛車《くるま》の牛が、その角で、言うことを聞かんでなぁ。立ち往生よ。姫君達は、焦れてしまわれ歩んで来られたのじゃ、全く、牛のやつときたら、呑気なものだ。ほれ、鳴いておるわ」
──鳴いておるわ?!
髭モジャの言葉を聞いて、ちょうど、屋敷の角にいた長良《ながら》は、ドキリとする。
これは、つまり……。
「モオォ~~!!」
長良は、鳴いた。
これで良かったのかと、泣きたかった。
「ほれ」
獣《けもの》とは呑気で良い、と、髭モジャは、笑っている。
「では、家令《しつじ》様を呼んでくださらまいか?」
ジロリと、急に睨みをかけて来た髭モジャに、門番はたじろぎ、屋敷の中へ入って行った。
「アハハハハハ!なんですか!常春《つねはる》まで?!ハハハハハ!!」
晴康《はるやす》の笑いは止まらない。
「後をつけて行くこちらは、本当に、迷惑千万で……まさか、牛の鳴き真似などを……」
思い出したくもないと、常春は、首を振る。
「見張られているとは、知らなくてねぇ。なんで、いつも、髭モジャと会うんだろう?なんて、思っていたんだ。何せ、私は、五つ。守恵子《もりえこ》は、三つ。紗奈姉《さなねぇ》が、十《とお》になったばかりだったからなぁ」
ああ、可笑しいと、晴康は、息を整えながら、で?と、話の続きを急かした。
「あー!もう、よろしいでしょう!昔の事なんですからっ!」
上野が、精一杯の抵抗を見せてきた。
「ええ、ですが、上野様、肝心の、みっちーの謎がねぇ、まだ解けてないのですよ」
「あの頃の秋時は、今とは違って、言葉の覚えが、遅かったのです!守ちゃん、は、言えて、何故か、近《ちか》ちゃんが、言えなくて。ちっち、だの、ちーち、だのと。挙げ句、みっちー、に、なったのですよっ!」
「なるほど、なかなか楽しそうな集まりだったようですね。では、再び、結成されてはいかがでしょう?」
「遠慮しておきますっ!」
「まあまあ、上野様、そう仰らずに。かの姫君に起こった、摩訶不思議な出来事を解決してはどうですか?あちらの、屋敷でも、琵琶の音《ね》が、響いていたようですよ?」
「あれ?晴康様、なんで、琵琶法師が、出入りしていた事、ご存知なんですか?」
秋時が、呑気に晴康へ問いかけている中、守満と上野は顔を見合わせていた。
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