「さてと、私は、法師様のお見送りも終わりましたので、これにて」
晴康《はるやす》は、立ち上がると、戸口へ向かった。
が、何か思い出したように、立ち止まる。
「秋時《あきとき》様は、結局、何の為に、こちらへ?噂話も語り終わり、ご用向きは、済まされたのでは?」
と、秋時を見下ろしながら、退席を促した。
「あら、ほんと、秋時様、どうして、こちらへ、いらしたのですか?え?私と、囲碁の勝負?でも、終わっておりますよ?」
無意識に、そして、どこか、遠回しな辛辣な守恵子《もりえこ》の言葉に、守満《もりみつ》は、肩を揺らしている。
「はいはい、わかりました。せっかく、楽しいお話を、守恵子様に語ってあげようと、馳せ参じましたのに、この、冷たいおあしらい。しかし、また、それが、私にだけ向けられていると、思うと、秋時、胸が、きゅーーんと、なってしまいますねぇ」
「秋時は、紗奈ちゃまっ!とか、追っかけていたのではなかったのかい?」
守満の言葉に、上野と常春《つねはる》兄妹《きょうだい》も、なにやら、じっとりとした視線を送っている。
見下ろされ、辛辣な言葉を送られ、じっとりと眺められては、さすがの、秋時も、居心地が悪い。
「あっ!私、次の稽古がございまして、失礼いたします!」
勢い立ち上がると、そそくさと、房《へや》から、出ていった。もちろん、秋時らしく、皆様、ご機嫌およろしゅう。タマも、達者で過ごせよ。また、乾き物持ってきてやるぞ、と、犬のタマにまで、抜かりなく暇乞いして──。
「晴康、ちょっと待ってくれ」
秋時の姿が、完全に消え去ると、守満は、晴康を、引き留めた。
「いや、お師匠様の様子を伺いたくて……」
「守満様、もう、邪魔者は、おりません。遠慮なく、エセ法師と、お言いなさいまし」
くくく、と、上野が笑う。
横から、常春が、みっともないとばかりに、妹、上野へ、視線を送った。
そして、守満へ問う。
「あの、守満様、一体何が?そもそも、晴康が、どうして、いるのでしょうか?」
「ああ、色々あってねえ。晴康
が、いるのは、なぜか、わからないけど」
「まあ!」
と、守恵子が、声を挙げた。
すかさず、上野が、
「あらぁーー!守恵子様、お方様の、やや様の産着が、出来上がっておりませんよ!間に合わなければどういたします?!さあ!縫い物のお時間にいたしましょう!」
と、皆から、守恵子を引きはなそうとした。
「もう!なぜ、私は、お話に、加えて頂けませんの?兄上!」
「さて、なぜだろう?加えてないつもりは、ないのだけど、ねぇ、上野?」
守満に、振られ、上野は、どぎまぎしながら、男子《おのこ》と、混じるなど、姫君のなさることでは……と、言い訳がましく言ってみるが、守恵子が、それで、あっさり、引き下がる性格ではないのは、上野が一番知っている。
「で、ですから、タマ!タマが、また、虎になっては、いけませんし!」
「でも、上野?犬よりは、良いでしょ?」
いや、そうゆう問題か?と、上野は、思う。確かに、犬嫌いでは、あるが、虎が、現れるよりは、ましだろう。
「もう!守満さま!!!」
困り顔の、上野に、晴康が、
「じゃあ、童子検非違使再結成と、いうことで。さすれば、守恵子様も、ご一緒できますよ?」
「晴康!!!」
常春の怒りに、晴康は、あらら、叱られました、と、頭をかいた。
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