「おぉおしに…推しに髪キスされたぁ」
「まだ言ってるの? それ昨日の夜の出来事でしょ?」
メイド達にドレスを着せて貰いながら、私はリュシオルにそう呟いて呆れられていた。
昨晩あれから、すぐに部屋に帰ってベッドに飛び込んだ。そして悶えまくっていた。
風呂に入れて貰っているときも、着替えさせて貰っているときも何もかもが上の空だった。
だって、あの推しのリースに髪キスされたのだから。
今死んでも悔いはないぐらい。
「貴方中身朝霧君だってこと忘れたの……?」
「でも、でも……そうなんだけど、それでもあの大好きなリース様に姿形はリース様な訳で、ふえぇええふぎゃおぉおわあああ!」
「奇声発しない。これからパーティーなんだから。大人しくしてっ」
リュシオルは、そういってコルセットを思いっきり締めた。
「んぎゃあ! 痛い、痛い! もうちょっと緩めてッ!」
私は痛い苦しいと講義するが、私の意見は聞き入れて貰えず大人しくしてなさい。と強く言われ私は完全に黙り込んだ。
パーティーが催されるたびにこんな痛くて苦しい思いをしなければならないのかと思うと、白目をむいてしまう。
というか、聖女なんだし着飾らなくても良いのでは? とすら思うが、それを皆よしとしなかった。私が今夜、明日の主役なのだからと、リュシオル含めメイド達はそれはもう鬼の形相で力を入れた。
ドレス選びから始まったのだが、三着ぐらいから選ぶのかと思ったら十何着も見せられ、一部屋ドレスで埋まっていたあの光景は今でも脳裏に焼き付いている。
これはどうとか、あれはどうとか勧められ目が回ってしまった。
そして選んだのがこの白と金色のドレスである。
肩を出したオフショルダーのAラインのドレスで、胸元にはオレンジの花飾りがあしらわれている。スカート部分は、ふんわりとしたパニエで膨らんでいて、裾部分にもレースが施されているとても可愛らしいデザインだ。
これまでに、こんな服を着る機会が巡ってくると一度でも思っただろうか。コスプレすらしなかった、服にすら無頓着だった私にこんな服をドレスをきる日が来るなんて。
(エトワールは美人だからね……凄く似合ってる、怖いぐらい)
唇には、ピンクのグロスを塗られ、化粧を施された。化粧も最低限、しない日だってあったのに! こんな! 次から次へと塗られ吹きかけられ、顔中ベタベタだ。正直、気持ち悪いしここまでするのかと既にライフは0だった。
髪は編み込みをして、頭の上の方で纏められている。
「ほら、昨日買ったリボン」
「……あ、ありがとう」
リュシオルは、そう言って昨日買った金色のリボンのバレッタを髪に付けてくれた。最後に靴はヒールの高い黄色のパンプスを履かされ、完成である。
「聖女様お美しいです!」
「ほんと女神様みたいです!」
「……綺麗」
鏡を見るとそこには、絶世の美女がいた。
自分じゃないみたいだ。まあ、身体はエトワールだからそうか……
ただリボンがあまりにも大きかったのかエトワールの頭が小さいのかで、黄色いリボンは猫耳が生えたかのように後ろから飛び出していた。
リュシオルは、私の顔を鏡越しに見ながら満足そうに微笑んでいた。
「これで、リース殿下もメロメロね!」
「えッ! ちょっと、そんなんじゃ……」
リュシオルの言葉に私は慌てる。リュシオルはこれで攻略は上手くいくぞというように親指を立てた。
私は違うと返そうとしたが、それを他のメイド達に阻まれた。
「きっと殿下も聖女様の姿を見たら惚れてしまうとおもいます」
「殿下はこれまで女性に興味を示さなかったのですが、聖女様が現われたら人が変わったように! 聖女様のことばかり口にして!」
「そうですよ!聖女様は殿下にふさわしいお方です!」
メイド達の勢いに負け、結局私は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。何も知らないメイド達までリース攻略をおしているかのように思えて仕方なかった。
(別に、リースを攻略したいわけじゃないのに!)
そう一人心の中で震えていると、扉が開きルーメンさんがやってきた。
メイド達は一斉に私から離れ、頭を下げた。
「あ、ルーメンさん」
「聖女様準備が整ったんですね。凄く綺麗ですよ」
「あり……ありがとう……ございます」
「殿下が見たらきっと卒倒してしまうでしょうね」
「あはは……そんなことないですって」
ルーメンさんの褒め言葉に苦笑いしかできない。何故ルーメンさんまでがそんなことを言うのだ……
「ルーメンさんも格好いいですよ! 今日はオールバックなんですね」
「はい……一応、正装で。堅苦しいの苦手なんですけどね」
そう言いながらルーメンさんは苦笑いした。
灰色の髪をオールバックにし、きっちりとネクタイを締めたその姿はとても凛々しくて素敵だった。蒼色の瞳も部屋の照明を反射してまるでサファイアの様に輝いている。
この世界の住民は皆顔がいい……右を左を見ても美男美女だらけだ。メイドのリュシオルだってそう。
もし現世の自分がここにいたら、自分の顔面偏差値の低さに死にたくなっていただろう。しかし、今はエトワール。誰もが認める美人。いかんいかん、せっかくの晴れ舞台なのだからネガティブになるのは止めよう。
私は気を取り直して、頬を少しばかりあげてみた。
聖女だから、品良く常に笑顔を。大丈夫、できるはず。
「それでは行きましょうか、殿下が待ってます」
「……リースと、あ、いや皇太子殿下と行くんですか?」
「はい……まあ、ここだけの話殿下が一緒にと」
と、コソッとルーメンさんは耳打ちしてくれた。相変わらず苦労しているなあ何て思いつつ、会場までリースと二人きりという事に緊張してきた。
部屋を出て長い廊下を歩く。途中何人かの人とすれ違った。その度に私を見る視線が痛かった。
(変かな、変なのかな!? そんなに見られてるって事は、嫌だ、もう帰りたいよ……)
やはり注目されるのは慣れていない。一言可愛いとか綺麗とかいってくれれば自信にもなるし安心できるけど。
ただ見られている、それだけで一気に不安になる。何を考えて私を見てるんだろうって気になって仕方がない。
まあ、いい……リースの正装を見えるだけでいいとしよう。中身は元彼だけど。
私はそう割り切って、前を向いた。
長い廊下を抜け、外へ出ると昨日の朝見た馬車とは比べものにならないほど豪華で金ぴかな馬車が停まっていた。
そして、その前にはリースがいた。リースは私を見つけるなり、ぱあっと表情を明るくさせた。
うっ、眩しい……。やっぱりイケメンは何を着ても似合うな。白は白でも、純白の正装に、黄金の髪とルビーの瞳は本当に宝石や豪華な装飾に見えてしまう。いや、服がそれらを引き立てているのか。
それにしても、今日はいつも以上にキラキラしているような気がする。
「綺麗だな」
「……っ」
不意討ちだった。まさか、いきなり言われると思っていなかったから驚いてしまった。
リースは私の反応を楽しむようにニヤリとした笑みを浮かべていた。
私は動揺を隠すために、咳払いをした。
「ありがとうございます。殿下も似合ってますよ」
「そうか……それにしても、そのドレスを選んだんだな」
そういって、リースは私を上から下まで一通り見終わると、小さく笑った。
胸でも見ているのかと思ったが、そういうわけではないらしい。エトワールはヒロインに比べると貧相な体つきで、胸もなかった。だから、胸元が開いていないドレスを選んだんだ。
エトワールと現世の私どちらが胸があるかなんて、どんぐりの背比べである。
私は内心いじけながらも、にっこり微笑んでおいた。結局リースが何が言いたかったのか分からず私は取りあえず、ドレスを選んだ経緯を説明した。
「何着も勧められたんだけど、これが一番よかった。運命感じたっていうか、リースとおなじ色だったから! 金色で! ……あッ!」
私はそこまで言って慌てて口を押さえた。
口紅がつくからダメだとリュシオルに怒られたがそれどころじゃない。私は恐る恐るリースを見上げた。
「えっと……」
「お前は、本当に俺のこと好きだな」
「いや、違う!」
弁解しようとしたが、時既に遅し。
リースは満面の笑みで私を見、彼の好感度は80にまで到達した。
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