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不良である。ヤンキーである。
持っているのがホウキじゃなくてバットか何かだったら、それはもう昔ながらの漫画かドラマに出てきそうなほどの尖がった印象の女性だった。
耳には数えきれないほどのピアスを付け、金髪に染められた長い髪を振り乱しながら、やや厚めの化粧でギロリと僕らを睨みつける。ダメージの入ったデニムのパンツを履いており、胸に髑髏の影を模したイラストとDeath Shadowとプリントされたオーバーサイズの長袖Tシャツを風にはためかせていた。
「あんだよ」と今にも襲い掛かってきそうな勢いで彼女は眼を見開くと、「てめぇらもあたしに文句があんのか? あぁっ?」
「え、あ、いや――」
僕がその勢いに気圧されてしどろもどろになるなか、
「――すぐに風をとめてください。迷惑です」
鐘撞さんが、はっきりとそう口にしたのである。
なんと豪胆極まりない。
「っんだと、てめぇ! あたしに指図すんなし!」
瞬間、ぶわり! と強く打ち付ける雨と風が吹き荒れて、鐘撞さんのホウキが大きく揺れた。
僕は思わず、さらに強く鐘撞さんのお腹を抱きしめてしまう。
「――んっぐぅっ! せ、先輩! 苦しい! 苦しいですって!」
「あ、あぁ、ご、ごめん!」
僕は慌てて腕に入れていた力を緩める。
「っんだよ、てめぇら! あたしの前でいちゃつきやがって! ぶっ殺すぞ!」
とんでもない剣幕でとんでもないことを口にする魔女である。
ただ、静かに怒りを表す真帆と違って、解りやすい怒り方をしているぶん、まだ怖さも半分ってところだろうか。
正直、真帆が本気で怒ってる時の方が全然怖い。
ところで今さらながら気が付いたのだが、このヤンキー魔女、なんとホウキに乗っていない。
空中に突っ立ったまま、片手に掴んだホウキを振り回すだけで、雨風を自由にコントロールしているのである。
さながらバットを振り回して破壊の限りを尽くす極悪非道の不良のようだ。
いや、そもそも不良か。
「か、鐘撞さん! アイツ、ホウキ乗ってないけど、どうなってんの?」
「別にホウキに乗る必要なんてないんですよ」
鐘撞さんはそんなヤンキー魔女を睨みつけたまま、ご丁寧に教えてくれた。
「真帆先輩たちからも聞いていませんか? 空を飛ぶのにホウキである必要はないんです。鍋でも風呂敷でも、それこそ絨毯とか壊したドアに乗っかってもいいんです。要はコントロールした風に乗せる対象さえあればそれでいいんです。彼女はたぶん、その対象を自分自身にできるんでしょうね。正直、すごい才能です」
「そうなの?」
はい、と鐘撞さんは頷いて、
「空を飛べる魔法使いの中でも、ほんのひと握りしかいないって聞いてます。少なくとも、わたしも真帆先輩も自分自身を飛ばすことはできないです」
「じゃ、じゃぁ、アイツの持ってるホウキは何のために?」
そんな僕の言葉に、ヤンキー魔女はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべて、
「んなもん見たらわかんだろーがよ! こうすんだよっっっとぉおぉぉ!」
ぶわんっ! とヤンキー魔女がホウキを下から上に向かって大きく振ったかと思うや否や、
ビュオオオオオオオオォォォン――――ッ!
風切り音と共に雨風が僕らに襲い掛かってきたではないか。
「うわわぁっ!」
「きゃあぁっ!」
ホウキが大きく揺れ、僕たちを守っていた風の球体が吹き飛ばされる。
強風に吹き飛ばされるわ、全身を細かい雨粒が叩きつけて痛いわ、とんでもない力に今にも僕は鐘撞さんの腰から腕を離してしまいそうだった。
寸でのところで彼女の背中に顔を埋めていなければ、今頃遥か下のアスファルトに叩きつけられていただけではなく、そこを走り抜けていくたくさんの車に轢かれて見るも無残な姿になっていたことだろう。
「――大丈夫ですか、先輩!」
「な、なんとか……」
鐘撞さんの身体が濡れそぼってくれていたおかげで、逆に手が服に引っかかりやすくて振りと落とされずにすんだようだ。ただこれだけ濡れていると、当然ちょっと手を滑らせたはずみで吹っ飛ばされる可能性だってあるということだ。僕は鐘撞さんには申し訳ないと思いながらも、ぐっしょりと濡れた彼女のシャツを手に巻き付けてぎゅっと握り締めた。
「変なところ触ったらゴメン」
「触らないようにしてください」
「……善処します」
「っんだよ、しつけーなぁ! さっさと地面に叩きつけられて死んじまえよ!」
ぶぉんっ! と風を切りながらヤンキー魔女が僕らに向かって突っ込んでくる。
何が面白いのかケラケラと笑っているように見えるのは、決して気のせいではないだろう。
なんて女だ。最悪だ。こんなところで死にたくはない。なんで僕はわざわざこんな所まで来ちゃったんだ? 鐘撞さんに言われた通り、さっきの場所で大人しく待っていれば良かったんじゃないのか? いやいやいや! そんなことしてたら、今頃は鐘撞さんひとりでこのヤンキーと戦ってたことになるわけだろ? そんなわけには――いや、ちがう。今の僕は完全に鐘撞さんの足手まといになっている。僕さえいなければ、鐘撞さんももっと自由に魔法が使えたはずなんだ。夢魔と対峙した時、鐘撞さんは全力でソレに抗った。その実力が彼女にはある。そうできないのは、僕という足手まといを守ることに意識を向けているからだ。
――どうする? 僕はどうしたらいい? ここから僕がするべきことは?
だんだん近づいてくるヤンキー魔女の勝ち誇ったようなあの顔。
彼女はホウキを構えて、僕らにそれを叩きつけるように振りかざそうとして――
「……鐘撞さん。あと、よろしく」
「――えっ?」
僕は鐘撞さんの腰から両手を離した。
ふわりと身体が風を感じる。
「せ、先輩! 何してるんですか!」
ヤンキー魔女はこれでもかというくらいに僕らに近づいてくると、すれ違うようにしてホウキをひと振り――しようとしたところを見計らって、僕はヤンキー魔女に向かって飛び込んだ。
彼女の振りかざそうとしたホウキの柄を掴み、その濡れた柄から滑るようにしてヤンキー魔女の身体に後ろから抱きついてやる。
両の手が本来なら触るべきではない彼女のところに触れたばかりか、その柔らかいものを僕は力いっぱい鷲掴みにしていた。
「――んなっ! お、お前! どこ触ってやがる! は、離せ! 離せぇ!」
じたばたと暴れるヤンキー魔女は慌てふためくあまり、空を飛ぶ風魔法のコントロールをすっかり失ってしまったらしい。
ヒュオォオオオオォオオオォォォォォ――――ッ!
耳をつんざく音とともに、僕とヤンキー魔女の身体はものすごい勢いでアスファルトに向かって落下していく。
ヤバい! ヤバいヤバい! このままじゃ本当にアスファルトに叩きつけられちゃう!
僕は咄嗟にヤンキー魔女の、その鷲掴みにしているところをさらにぎゅっと握り締めた。
「――い、痛い! は、離せ! わかったから! あたしが悪かったから離してえぇぇ!」
離してって言われたところで今さら離せるような状況ではない。生きるか死ぬかの瀬戸際で身体が強張ってしまって、もはやそれどころではないのだ。
「イ、イヤアアアアアァアアァアアアァアアァアア――――ッッ!」
耳をつんざかんばかりのヤンキー魔女の叫ぶ声。
僕も同じくらい叫んでやりたかったけれど、彼女みたいに叫ぶなんてことすらできなかった。
彼女の身体を力いっぱい抱きしめて鷲掴みにしたまま、ものすごい勢いで落下して。
「せんぱぁああぁいぃぃぃぃっ!」
鐘撞さんの絶叫が聞こえる。
こちらに向かって手を伸ばしながら、全速力で飛んでくる鐘撞さん。
けど、間に合いそうにない。
あぁ、地面が近い、もう駄目だ……
そう思った時だった。
がくんっ! と僕とヤンキー魔女の身体が何かの力によって持ち上げられた。
えっ、えっ、えっ? なに? 何が起こった?
「――大丈夫ですか、シモフツくん?」
すぐ傍から声がして顔を向けると、
「危なかったです。ギリギリ間に合いました……」
ずぶ濡れの姿ではぁはぁ肩で息をしている真帆の姿が、そこにはあった。
「ま、真帆……! た、助かった、助かったぁ……!」
僕は今にも泣きだしそうな声を出してしまう。
けれど次の瞬間、真帆が眼を見開き、重たい声で口にした。
「……ユウくん? さゆりさんの、どこを触ってるんですか?」
「え? どこって――」
僕は今もまだ鷲掴みにしてしまっているヤンキー魔女のそれを目にして、恐る恐る真帆の方に視線を向ける。
そんな僕に、真帆はにっこりと微笑んで、
「なるほどなるほど。ユウくんには、あとでお話しなくちゃならないことがありそうですね」
語尾にはハートマークが感じられたのだけれど、どんな話をするのか想像するだけで、僕は全身から震えが止まらなくなってしまったのだった。