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――ギロリ
明らかな殺意のこもった視線がふたり分、突き刺さるように僕に向けられている。
理由など判り切っているので致し方ないが、とはいえあれは我が身を守ろうという無意識的な行動であり、不可抗力だったのであって、決して意図してやったことではないことを理解してほしいところである。
「――こちらのかたは緒方さゆりさん。私のおばあちゃんのお友達である神楽ミキエさんのところの、お弟子さんです」
「……」
ヤンキー魔女ことさゆりさんは口をへの字に曲げたまま、やっぱり真帆と同じように僕のことを睨みつけ、じっと黙り込んでいる。
「わたしは鐘撞葵です」
礼儀正しく挨拶する鐘撞さん。
僕はそんな彼女の横で、
「ぼ、僕は下拂優です。さ、先ほどは申し訳ないことを――」
「――ろす」
ぼそりとさゆりさんが口にする。
「……えっと、すみません、今、なんと?」
恐る恐る訊ねれば、さゆりさんは眼を大きく見開いて、
「ぜってぇー殺す!」
ホウキを肩に担ぎ、一歩足を前へ踏み出す。
ひぃっ! 僕はもちろん、一歩あと退る。
すると真帆がさゆりさんの前に左手を伸ばしてそれを制止し、
「――さゆりさん、すみません。シモフツくんのことは、私に任せていただけますか?」
「あぁ? あんでだよ」
「シモフツくんは私の大切なお友達です。そのお友達がさゆりさんに失礼なことをしてしまい、本当に申し訳なく思っています。ですので、シモフツくんへのお仕置きは、是非私に任せていただけませんか?」
さゆりさんはへの字口を固く引き結んだまま、見下ろすように(実際には僕の方が少しだけ背が高かったので、見上げてきたが正解だったのだけれど、気持ち的には見下ろされているような気分だった)大きく目を見開き、しばらくしてから、
「――わかった」
「ありがとうございます。しっかりお仕置きしておきますので、ご安心ください」
ふんっ、と鼻を鳴らして、ようやくさゆりさんは僕を睨む目をやめてくれた。
これでひと安心――と思いきや、真帆と目が合った瞬間、にっこりと微笑んだその眼がやっぱり笑ってなどいなくて身震いしてしまう。
「それで、緒方さんはどうしてあんなことを?」
訊ねたのは鐘撞さんだ。話を変えるタイミングを見計らっていたらしい。
雨風も今はすっかり落ち着いており、雨はしとしと静かに降り続いているものの、風のほうはすっかりやんで、そよ風が時折吹くくらいだった。
ちなみに僕らは、落ち着いたさゆりさんの魔法によって形成された大きな風の傘の下で、広めの輪になって話をしている。
「……いいだろ、べつに」
ぼそり、と口を尖らせるさゆりさん。
「よくはないです」すかさず鐘撞さんは口にして、「何か理由があるんでしょう?」
今度は鐘撞さんがさゆりさんを睨みつける番だった。
鐘撞さん、強い……
僕には到底できそうにない。
あんなことをしてしまったあとでは、特に。
「……」
「…………」
「………………」
沈黙である。
鐘撞さんはじっとさゆりさんを見つめ続けているし、さゆりさんはそんな鐘撞さんから目を逸らせるようにすぐ脇の木々を見つめたまま、だんまりを決めこんでいる。
このまま無為な時間が過ぎていくのかなぁ、と漠然と思っていると、
「彼氏さんが浮気したそうです」
「てめ、マホ! なんで言うんだよ!」
「さゆりさんがさっさと言わないからですよ。別に秘密にするようなことでもないじゃないですか」
「そういう問題じゃねぇんだよ! 気持ちの問題なの!」
「だからって、このまま黙っていたって何にもならないじゃないですかぁー」
「何にもならなくていいんだよ! こいつらにはかんけぇねーだろうーが!」
「その関係ないおふたりを巻き込んで大暴れなさったのは、いったい誰ですか?」
「……それは」
「ね? 関係なくはないんですよ、もう。あれだけ大暴れなさったんですから、その理由くらいはお話ししてもいいんじゃないですか?」
その言葉に、さゆりさんはしばらく逡巡するように目を瞑ったあと、
「――わかったよ。そうだよ、彼氏に浮気された腹いせだよ!」
「その彼氏さんは、今は?」
鐘撞さんが改めて問えば、さゆりさんは、
「一発ぶちのめして、別れた」
「それでも怒りは収まらなくて、あんなことをしてしまった、そういうことです」
真帆はあとを継ぐようにそう口にして、大きくため息を吐いたのだった。
「私も気持ちはわかります。なので、どうかおふたりにはさゆりさんのこと、許していただけませんか? さゆりさんと彼氏さんは、もう長いことお付き合いしていたそうです。それだけにさゆりさんの怒りは大きかった。その気持ちもわかってあげてください」
――愛しさ余って憎さ百倍、というところか。
僕はまぁ、とりあえず命は助かったから別にいいのだけれど、ふと鐘撞さんに眼を向ければ、彼女はいまだ納得できずといった様子で、
「……そのとばっちりをわたしたちが受ける理由にはならないと思いますが」
はっきりと言い切った。
それは、まぁ、その通りなのだけれども――
「……悪かったよ」さゆりさんは意外にも素直に頭を下げて、「あたしの身勝手のせいだ。もう二度とこんなことはしないって誓う」
「絶対に、お願いします。次は許しませんから、わたし」
「……わかってるよ」
なんとか話がまとまったようで、僕はほっと胸を撫で下ろした。
このままさゆりさんと鐘撞さんが言い争いになったらどうしようかと、少しばかり心配になっていたからだ。
よかったよかった。これで一件落着――なんて思っていたら、
「それで、彼氏さんは今どこにいるか、わかりますか?」
鐘撞さんが、ふとそんなことをさゆりさんに訊ねる。
「たぶん、アイツの家にいると思うけど――それがどうしたんだよ」
眉間に皴を寄せるさゆりさんに、鐘撞さんは、
「こんなことになったのは、その彼氏さんの浮気のせいなんでしょう? そのせいで、わたしもシモハライ先輩も、大変な目に遭わされた」
――だったら、と口元をニヤリと歪めてから、
「わたしも一発、ぶちのめしてもいいですか?」
思わぬ言葉を、口にした。