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#ワンナイトラブ
◆
『依愛、誕生日おめでとう』
「うん、ありがとう」
『最近帰ってこないけど、元気にしてるの?』
「元気だよ、普通に」
『そう、良かった。もう28歳なんだし、どうなの』
「どうなのって、」
『従姉妹の萌ちゃん、来年結婚するらしいわよ?あの子24歳よ?叔母さん達もあんたの心配ばかりするのよ〜”依愛ちゃんはまだ?”って。仕事もいいけどそろそろ……』
「あー、ちゃんと考えてるから心配しないで。今日仕事だから、もう出るね」
『あ、ちょっと依愛、今日お休みでしょ』
「でも仕事なの。また連絡するね、お母さん」
簡単に嘘をついて、強引にそれを切った。
大人は勝手だ。
“お姉ちゃんみたいにしなさい”
“そうしたら間違いないから”
言われてずっと、お姉ちゃんを追いかけてきた。
だけどお姉ちゃんが”失敗”すると途端に掌返し。
“あんな風にならないで”
“依愛は失敗しないで”
言われた通りにしているのに、今度は”早くしなさい”なんて。
大人は自分勝手で、不自由だ。はぁ、休日の朝なのに6時半に電話で起こされるなんて。
二度寝しようかな、でも先程の言葉が胸にのしかかって、ストンと眠りにつけそうにもない。
まだ?いつ?結婚、結婚、実家に帰れば言われるのはそればかり。
ソファーに腰を落としてメッセージを確認すれば、一件届いていたメッセージは親友からのものだった。
素早く返信を打ち、ひと息ついた頃寝室の扉が開いた。
「……早くないですか?」
寝起き眼の常葉くんはいつもよりも更に気だるげだ。なのにどこか妖艶さも纏っている。
今朝の常葉くんも素敵だ。瞼の裏のシャッターで連射しては簡単に騒ぐ心臓。
「お母さんからです。ごめんなさい、起こしましたね」
「いーえ。こんな朝っぱらから、珍しいですね」
「今日誕生日なので」
短く事実だけを告げると「…………誰が?」その声が怪訝さを孕む。
「えっと、私が」
「…………なんで言わないかな…………」
綺麗な顔立ちが、途端に不機嫌そうに歪んだ。
言いたかった、だけど、私はふと思い出した。
今まで付き合った人は長くて半年。誕生日を彼氏と過ごすこと自体初めてなのだ。
誕生日アピールをどうやってしていいのか分からずに足踏みしていれば、今日を迎えることになったという間抜けなエピソードを誰が言えようか。
「タイミング逃しちゃって、あはは」
「タイミングの問題かよ」
「言ったら何か考えてくれました?」
「まぁ、それなりには」
「常葉くんと一緒に、今日を普通に過ごせたら嬉しいです」
へらっと笑えば、常葉くんは納得したか定かではないけれど、私の髪の毛を乱雑に掻き分けた。
「……なんか欲しいのないの?」
その手が今度は髪に指を通すようになった頃、優しさを帯びた声が落ちるので「……欲しいの」と反芻させる。
『あんたもそろそろ……』
空っぽの頭にさっき聞いたばかりの言葉が木霊する。
“この部屋の永住権が欲しい!”
無責任に言えたらどんなに楽だろう。
だけどダメだ。まだ付き合って二ヶ月も満たないのに、ダルいが口癖の常葉くんにこんなこと言ったら引かれてしまう。
そんな考えは捨てろ、穂波依愛。常葉くんと付き合えただけで幸せなのにそれ以上望んで重い女になるな。
……余裕のある女性になるんだ。
「美味しいお酒飲んで、美味しいご飯食べたいです」
「……あんたがそれで良いなら」
「はい、平気です」
邪念は全て心の奥に押し込めて、笑顔を作り出した。
重いとか、面倒とか、余裕ないとか、思われたくない。
……常葉くんに嫌われたくないから、これが正解だ。
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