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◻︎葬式の意味
「葬式の意味だと?」
「そうです。どんなふうにお考えですか?」
「そりゃお前、アレだ、今までごくろうさん、ありがとうって送り出すもんだろ?」
「それは私もそう思います。じゃあ別にみんなに知らせてみんなで盛大にやる必要はないんじゃないですか?」
「はぁ!これだからなぁ、よそから来た嫁は。いいか?ここに昔から住んでるやつはお互いに助け合ってやってきたんだ、それなりに繋がりがあって持ちつ持たれつな。だから最期くらい、盛大にやって“こんなにすごいヤツだったんだ”って見せるんだよ」
「見せる?誰に?」
「だから!町内のやつにだよ」
「それって、ただの見栄っ張りでは?そんなことをして誰が喜ぶんですか?」
「そ、そりゃお前、死んだヤツが喜ぶさ、俺のために盛大にやってくれてありがとうってな」
「ホントに?」
「あ、あー、そうだろう、昔からそうやってきたんだからな」
私は横で話を聞いている佳子を見た。
うつむいているのは、言いたいことがうまく言えないんじゃないかと思い、代弁することにした。
「私は、お葬式って遺された人たちが逝ってしまった人ときちんとお別れをする場だと思います。こんな風に突然の別れを誰もが実感できないままでは、気持ちの整理がつかないうちに故人がいない時間を過ごしていかなくちゃならなくなる。それだと、いつまでたっても前を向けない気がします」
「そんな、なんか訳のわからない言い方されてもな」
そんなに難しい言い方はしてないと思うのだけど。
「どう言えばいいんですかね?大事なのは、その故人と家族のお別れがちゃんとできるようにお手伝いするのが私たちの役目ってことですよ。そこに大した関わりもない人が次から次にやってきて便宜上のやり取りに追われていたんじゃ、ちゃんとしたお別れができないってことです。体裁だけのお悔やみならまた後日でもいいし」
「ちゃんとした別れって、盛大にやることだろうが」
「それは堀さんの考えでしょ?ご自分の時にそうやってもらえばいいんです。試しに考えてみては?亡くなった源太さんのつもりになって」
「そんな、縁起でもないこと言うな!」
「いいから!今この場を源太さんが見てたらどう思いますか?奥さんや家族とゆっくりお話ししたいのに、邪魔なんですよ、外野は」
「が、外野って、このぉ…」
頭に血が上ったのは私も同じだと思ったけど、堪忍袋が破裂してるからもう止められない。
「盛大にやりたい人はやればいいんです。それなりのお金もかかるのがわかっているのなら。でも私が故人だったらイヤですね。自分の葬式なんかにお金をかけないで、遺った家族のために使って欲しいです。だってもう自分には“家族が生きてくために必要なお金”を稼ぐことができないんだから!」
「………」
信三郎は黙ってしまった。
私は続ける。
「家族葬で、こじんまり!いいじゃないですか!その方が濃密な時間が過ごせます。よけいなことに気を配らなくていいんだから」
「…ったくもうっ!ワシは言うことは言ったからな。帰るぞ」
そう言うと、堀信三郎はヨタヨタと立ち上がり玄関から出て行った。
「なんか勝手なこと言っちゃったかも?ごめんね、堀さんとこじれたりしたら私が謝りに行くから」
佳子はタオルで顔を覆っていた。
「…ありがと、美和ちゃん…これでちゃんとお別れができる」
佳子がさっきまで泣いていなかったのは、気が張ってたからなんだろうなと思った。
お通夜もお葬式も家族葬で行い香典は辞退するという連絡が、町内にすぐに広まった。
昔からここに住んでる人たちのなかには、信三郎みたいな考えの人もいるだろう。
それでもやっぱり、お葬式は親しい人たちだけで心おきなくお別れするべきだと私は思う。
仮通夜の今日は、入れ替わり立ち替わり近所の人や源太の仕事仲間だったという人が弔問にやってきた。
みんな突然のことに言葉を失い、まるで寝ているかのような源太に手を合わせて帰っていく。
そんな中、息子の聖と同級生の康太が下宿先から帰ってきた。
荷物を玄関先に投げ出して、和室に入ってくる。
「…父さん?!」
「康太…お父さん、死んじゃった…、ね、嘘みたいでしょ?」
佳子が、遺体の横に座り込む康太の背中をそっと抱きしめた。私は離れたところから二人、いや三人か…をそっと見ていた。
「この前帰ってきたとき、元気だったじゃん!?なんでこんな……」
「動脈瘤破裂だって。どうにもならなかったんだって……」
クゥーンとケイトが鳴いた。
「お前も家族だよね、出てくる?」
私はケージを開けて、柴犬のケイトを出した。ご主人の最期を見つけたのはこの四人目の家族のケイトだから。
そろそろと歩いて行き、康太の左側に寄り添うケイト。
まるで“僕がいるよ、大丈夫だよ”と言っているように涙している康太を見上げている。
「よしよし、ケイト、ありがとうな、お父さんのことを見てくれて」
横たわる源太にはこの光景が見えているのだろうか。
___やっと家族がそろいましたね
時計を見たら、もう午後9時になろうとしていた。
「さて、そろそろみなさん引き上げましょうか」
私はまだ残っていた近所の人を帰した。
「佳子さん、明日もまた来るね。お手伝いできることがあったら言ってね」
「ありがとう、美和ちゃんがいてくれて助かった、明日もそばにいてくれる?」
「もちろん。じゃあね」
スニーカーを履いて歩き出そうとしたら、康太が追いかけてきた。
「おばさん、そこまで送っていくよ」
「あら、そんなのいいよ?」
「ううん、もう真っ暗だし、少し先まで街灯もないから」
「そっか、じゃあお願いしようかな?」
家も少なく、街灯もない暗い夜道を、康太と一緒に歩いていく。
「驚いたでしょ?お父さんのこと」
「はい…お昼過ぎに母さんから電話があったけど、信じられなくて…」
「だよね?私もびっくりしたもん」
「で、何もかもほっぽり出して慌てて帰ってきました」
「そっか…、そうだよね、お母さん一人じゃ心配だもんね」
ゆっくりと、二人歩調を合わせながら歩く。
「俺……」
「ん?」
「実はまだ内定が出てなくて…」
「そうなんだ…」
「今日も朝からエントリーシートを書いてたんだけど…」
「うん」
「ちゃんと内定もらえたって、報告したかったなぁ、せめて」
そこまで言ったら、また涙が込み上げてきたようで言葉を詰まらせた。
康太の姿が聖と重なって、私までこらえきれなくなった。
暗い夜道でよかった。