「うっ!! 痛ってーーー!!」
…………
俺は意識を少し失っていたようだ。
ここは、どこだ……?
おでこに、鈍い痛みが走る……。
「あ、痛ててててて……うん?」
あ、そうだ。俺は、音星の両足キックをおでこにもろに受けたんだった。どうやら、仰向けに倒れていたようだな。目を開けて辺りを見回すと、おでこにピンク色のハンカチが置いてあることに気が付いた。
「あ、火端さん! 良かった目を覚ました! 大丈夫ですか? 本当にすみませんでした!」
音星の幼さが残る綺麗な顔が俺の顔を覗いていた。
「あ、ああ。大丈夫だ。それより、溶岩は? 妖怪は?」
「え? ええ……。どちらもまだここへは来ていませんね。今のところは安全のようですよ」
俺はむくりと起き上がった。リュックサックを背負い直してから、辺りを見回すと、着地したところから、数メートル離れた場所で倒れていただけだった。そんなに転げ回っていない。
この洞窟には、不思議と溶岩も妖怪もまだ来ていない。
「あ、あの! 火端さん! 本当にすみません!」
「いや、もういいよ。……さあ、行こう!」
頭を下げる音星を連れて、俺は鍾乳洞の奥へと歩いて行った。真っ暗な洞窟だが、至る所に人魂の明かりがあった。それと、音星は布袋から提灯を取り出して辺りを照らしている。
「ああ、火端さん。こういうお話を聞いたことはないですか? 地獄って、もっとも転生がしやすいところでもあるんですよ」
「ああ、知っているさ。地獄は、人間が輪廻転生する場所で、もっとも苦しい場所だからな」
「そうなんですけど……それでは、あの妖怪は一体何でしょうね?」
「え?? 確かに……」
提灯片手の音星の問いに、一瞬、俺は思考が硬直した。その時、俺の脳裏には、おばあちゃんの言葉が浮かんできた。
本物の……魑魅魍魎。
「浮かばれない魂なんて、そこら辺にごまんといるんだよ。そんな魂は魑魅魍魎となるんさ。あんたも気をつけな。あんまり下ばかり向いていると、いつか足を引っ張られるさね」
提灯と人魂による光源で、鍾乳洞の内部は水滴に覆われた鍾乳石がキラキラと輝いていた。天井から水滴がたびたび、落ちてきていて。俺のおどこで弾けた。おでこを腕で拭って上を向きながら、少しの間。考えた……。そうだな。たくさんいるんだよな……浮かばれない魂は……。
それは、多分……。
「きっと、ここ地獄へも落ちなかったんじゃないかな?」
「え……?」
「彷徨って、彷徨って、ただあの世とこの世を彷徨うだけなのかもな」
「……まるで、帰り道を忘れた旅人のようですね」
「……ああ」
「火端さん。あの。あそこで、お昼にしませんか? もうだいぶ良い時間ですよ」
音星は肩に背負った布袋を下げて、ニッコリ微笑んだ。音星が指差した場所には、ちょうど、鍾乳石の上に俺たちが座れる高さの台のような突起があった。もう一つの光源の人魂は静かに辺りを照らしている。
「ああ。さんざ、走り回ったしな」
…………
「う、うぷっ。食い過ぎた……」
「火端さん。大丈夫ですか? あんなにあるのに全部食べるから……」
「つ、次は衆合地獄へ行かないか?」
「ええ」
音星の心配の通りに、俺はおじさんが作ってくれた超特大ドライカレーおにぎりを、4っつも無理にでも完食したのだった。お陰で、腹が……はち切れそうだ。腹がこなれるのには、時間がかなり必要だろうな……。腹を抑えてのここから、衆合地獄へと行く道を探しだした。洞窟の中はいつまでも静かだ。これなら、落ち着いて地獄の第三層への道を探せそうだった。
衆合地獄とは、窃盗、殺人、姦淫の三つを犯したものが落ちる地獄で、牛頭《ごず》と馬頭《めず》に追われ続け、石や鉄山などで圧死させられる場所だった。
ピタン、ピタン、ピタン……。
水滴の音以外には、後ろを歩く音星と俺の足音しかしない。とても静かな場所だった。人魂と提灯の光源だけを頼りに、俺たちは真っ暗な洞窟の中をただひたすらに歩いた。衆合地獄の入り口? 一体どこにあるんだろう? どうやら、この洞窟の道は斜め下へと降りていくようだ。延々とした真っ暗な傾斜を歩いて行くと、人魂の数が増えてきた。傾斜が激しくなった。自然に、音星と俺の歩く速度も速くなる。
下へ。
更に下へ。
ふと、その時。背後に嫌な感じがした。
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