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最終話 エベレストクライム
登場人物
遠野カケル
十八歳のピークランナー。
短く切った茶色の髪は少し跳ねており、黄緑の高所用競技ジャケットと灰色の競技パンツを着用している。
細身ながら全身が引き締まり、腰には補給水、緊急発信器、高所用安全装備を装着。
胸のゼッケンは八番。
桐谷ソウマ
二十歳のピークランナー。
短い灰色の髪を立たせ、黄色の高所用競技ジャケットを着ている。
カケルより少し背が高く、肩から脚までしっかり鍛えられている。
胸のゼッケンは十一番。
久瀬リョウ
二十六歳の人気ピークランナー。
灰色の短髪に鋭い目つき。
紫の高所用競技ウェアと厚手の登山グローブを身につけている。
数多くの国内外大会を経験した落ち着きがある。
胸のゼッケンは五番。
牧原セナ
二十二歳のピークランナー。
茶色の髪を短いポニーテールにまとめ、緑とベージュを組み合わせた高所用競技ウェアを着ている。
小柄で身軽な体格。
胸のゼッケンは二十二番。
志戸ユウ
二十四歳のピークランナー。
短い茶色の髪と細い目が特徴。
灰色と緑を組み合わせた高所用競技ウェアを着用している。
小柄な身体に無駄のない筋肉がついている。
胸のゼッケンは十四番。
ジャバリ・ムテサ
二十七歳のピークランナー。
短く刈り込んだ髪に、引き締まった長身。
緑と黄色を組み合わせた高所用競技ウェアを着用している。
長時間の登坂でも姿勢を崩さない。
胸のゼッケンは三番。
エリアス・フォーゲル
二十五歳のピークランナー。
明るい茶色の短髪と長い手足が特徴。
灰色と黄緑を組み合わせた高所用競技ウェアを着ている。
モビリティ操作に優れ、荒れた路面でも機体を安定させる。
胸のゼッケンは六番。
ルーカス・ベルナー
二十八歳のピークランナー。
短い茶色の髪と細身ながら筋肉のついた体格。
ベージュと紫を組み合わせた高所用競技ウェアに厚いグローブを着用している。
岩場での身のこなしは非常に軽い。
胸のゼッケンは二番。
ラファエル・クローネ
三十歳のピークランナー。
短い灰色の髪に大柄な体格。
黄色と紫を組み合わせた高所用競技ウェアを着用している。
世界シリーズ年間ランキング首位。
胸のゼッケンは一番。
峰岸タクト
三十四歳の実況担当。
柔らかく整えた茶色の髪に緑の中継ジャケットを着ている。
細いフレームの眼鏡をかけ、複数の中継映像と選手状態表示を確認している。
春木ミナ
三十二歳の解説担当で、元ピークランナー。
肩まで伸びた灰色がかった髪を後ろで束ね、ベージュの防寒ジャケットを着ている。
手元には各区間の標高、気象情報、モビリティ使用地点をまとめた資料を置いている。
◆
午前四時五十分。
カケルは目を開けた。
眠れた。
意外だった。
富士では眠れなかった。
キリマンジャロでも。
マッターホルンでも。
なのに今日は、目覚ましが鳴るまで眠っていた。
身体を起こす。
窓の向こうはまだ暗い。
今日。
最後の大会。
世界シリーズ最終戦。
エベレストクライム。
午前五時三十分。
選手用施設。
ソウマが朝食を食べている。
カケルが向かいへ座った。
「普通に食べてる」
「食べないと走れない」
「緊張してない?」
「してる」
ソウマが一口食べる。
「だから食べてる」
久瀬も来た。
セナ。
志戸。
少しずつ集まる。
誰も普段と大きく変わらない。
でも会話が少ない。
カケルは補給食を口へ入れる。
喉を通る。
水。
飲む。
窓の向こうを見る。
今日の競技区域は、一般登山者が使用する経路そのものではない。
大会用に安全管理された専用経路。
それでも。
世界最高峰を舞台とする大会であることは変わらない。
昨日まで何度も説明を受けた。
安全規則。
停止基準。
高所対応。
緊急退避。
競技中断。
強制棄権。
全部。
今日は速さより先に。
帰ってくること。
それが参加条件だった。
午前六時二十分。
会場。
カケルが外へ出る。
音が来た。
歓声。
遠くから。
大きい。
世界中から集まった観客。
現地観戦区域だけではない。
各国の大型観戦会場。
配信。
放送。
投票施設。
世界中が同じ山を見ている。
「すご……」
ソウマが横へ。
「富士より?」
「比較できない」
巨大なスポンサー表示。
何十社ものモビリティスポンサー。
各国のメーカー。
競技用品。
通信。
飲料。
輸送。
宿泊。
山麓の建物にも大会表示が並ぶ。
カケルは歩く。
自分の姿が大型画面へ映った。
歓声。
遠野カケル。
マッターホルンクライム優勝者。
世界シリーズ最終戦。
優勝候補の一人。
高尾では。
誰も知らなかった。
今は。
世界中の誰かが見ている。
午前六時四十分。
モビリティステーション確認区域。
カケルが並んだ機体を見る。
高速型。
登坂型。
低温対応型。
悪路型。
軽量型。
超軽量携行型。
今季投入された新型機もある。
だがカケルは機体そのものより、その向こうのコース図を見た。
ソウマが横から覗く。
「新型見ないの?」
「見るよ」
「さっきから道ばっかり」
「道見ないと決められない」
ソウマが笑った。
「八ヶ岳から変わったな」
カケルも笑う。
「最初は速いやつが一番いいと思ってた」
「俺も」
「今も?」
「ちょっと思ってる」
「思ってるんだ」
志戸が後ろから来る。
「今日はそれやったら終わるよ」
ソウマが振り返る。
「分かってる」
久瀬もコース図を見る。
「全部使おうとするな」
カケルが頷く。
富士。
残すこと。
キリマンジャロ。
環境へ合わせること。
マッターホルン。
乗らないことも速さになること。
全部。
今日のために覚えたわけではない。
でも。
全部がここへ来た。
午前七時。
大型画面。
世界各地域向け中継開始。
日本向け実況席。
峰岸が前を見る。
始まります!
登峰競走世界シリーズ最終戦!
世界最高峰の舞台!
エベレストクライム!
年間を通して世界各地の山を戦ってきたピークランナー!
その頂点を決める一戦です!
大型画面へ選手が映る。
一番!
世界シリーズ年間ランキング首位!
ラファエル・クローネ!
二番!
マッターホルン二度の覇者!
ルーカス・ベルナー!
三番!
キリマンジャロ三度の覇者!
ジャバリ・ムテサ!
五番!
日本を代表するベテラン!
久瀬リョウ!
六番!
モビリティ操作のスペシャリスト!
エリアス・フォーゲル!
八番!
高尾でデビュー!
富士二着!
キリマンジャロ二着!
そしてマッターホルン優勝!
遠野カケル!
カケルが大型画面を見る。
自分。
高尾。
最初の映像。
ぎこちない。
筑波。
大山。
阿蘇。
八ヶ岳。
富士。
キリマンジャロ。
マッターホルン。
短い映像が流れる。
最後。
一センチ差。
カケルが少し笑う。
ソウマが横から言う。
「写真判定男」
「最終話まで言うの?」
「今日もなったら面白い」
「今日は離す」
「聞き飽きた」
実況が続く。
本日の出走は三十六名!
ただし全員が世界シリーズ上位資格者!
出走人数こそ多くありませんが、実力密度は今季最高!
そしてオッズです!
一番 ラファエル・クローネ 3.4倍。
二番 ルーカス・ベルナー 4.2倍。
三番 ジャバリ・ムテサ 5.1倍。
八番 遠野カケル 5.8倍。
六番 エリアス・フォーゲル 7.6倍。
五番 久瀬リョウ 8.9倍。
十四番 志戸ユウ 12.4倍。
十一番 桐谷ソウマ 15.8倍。
二十二番 牧原セナ 19.6倍。
カケルが数字を見る。
「五・八」
久瀬が隣へ。
「もう穴じゃないな」
「高尾では?」
「かなり高かった」
「世界で五・八か」
カケルが山を見る。
「なんか変な感じ」
久瀬が笑う。
「数字は走らない」
「え?」
「オッズが低くても山頂まで運んでくれない」
カケルが頷く。
「ですね」
午前七時二十分。
スタート位置。
三十六人。
ラファエルが一番前。
大柄。
静か。
カケルは初めて近くで見る。
ラファエルがこちらを見た。
翻訳イヤホン。
マッターホルンの勝者。
「はい」
写真判定の。
カケルが目を閉じた。
「世界共通なんですね、それ」
ラファエルが笑う。
今日は?
「離します」
ソウマが後ろから笑う。
ラファエルも。
では頂上で。
「はい」
ラファエルが前を見る。
カケルも。
実況。
エベレストクライム!
当然ながら競技は厳格な安全基準の下で実施されます!
天候!
風速!
選手状態!
経路!
常時監視!
大会本部が危険と判断した場合、順位に関係なく競技停止!
ピークランナーに拒否権はありません!
世界最高峰だからこそ!
勝負より安全が優先されます!
カケルが手を握る。
開く。
五。
ソウマが腰を落とす。
四。
ジャバリが前を見る。
三。
ルーカス。
ラファエル。
二。
カケルが息を吐く。
一。
号砲。
エベレストクライム、スタート!
三十六人が走る。
最初は緩やか。
カケルが前へ。
八位。
六位。
五位。
ラファエル。
速い。
最初から前。
ジャバリは抑える。
ルーカスも。
第一モビリティステーション!
高速登坂区間!
カケルが機体を見る。
新型。
旧型。
路面。
長い。
乗る。
高速登坂型。
発進。
ラファエルも。
エリアスも。
ソウマ。
久瀬。
一気に加速。
カケルが三位。
二位。
前。
エリアス。
機体操作。
やはり速い。
カケルは追わない。
一定。
残量。
路面。
前方。
少し荒れる。
速度を落とす。
エリアスも。
ラファエルは少し遅れる。
第一ステーションから早くも差が出ています!
六番エリアス!
八番遠野!
一番ラファエル!
しかし長い!
今日は序盤順位にほとんど意味がありません!
カケルが機体を降りる。
早め。
走る。
エリアスは終点まで。
降りる。
カケルが横へ。
「早かったね」
翻訳。
マッターホルンで覚えた?
「いっぱい失敗したから」
二人が走る。
競技開始から一時間。
順位は何度も変わった。
ラファエル。
ジャバリ。
カケル。
ルーカス。
久瀬。
エリアス。
誰も逃げない。
第二ステーション。
悪路型。
カケルは通過。
ソウマが驚く。
「乗らない?」
「短い」
「俺は乗る!」
「行って!」
ソウマが発進。
カケルは走る。
ソウマが抜く。
前へ。
数百メートル。
終点。
降りる。
カケルが追いつく。
ソウマが息を吐く。
「ちょっと得した」
「三秒ぐらい?」
「三秒もレース」
「それはそう」
二人が笑う。
すぐに離れる。
自分の速度へ。
競技開始から二時間。
風。
気温。
身体へ重さが増してくる。
カケルは補給。
少しずつ。
ジャバリが横へ。
翻訳。
息は?
「まだ大丈夫」
まだ、は禁止。
カケルがジャバリを見る。
キリマンジャロで言われた。
山頂は逃げない。
カケルが速度を少し落とす。
「これぐらい?」
ジャバリが頷く。
二人で進む。
前。
ラファエル。
ルーカス。
エリアス。
後ろ。
久瀬。
志戸。
ソウマ。
セナ。
全員近い。
第三モビリティステーション。
低温対応登坂機。
ここから長い!
モビリティを使う選手が多いでしょう!
しかし残量管理が重要!
後半に何を残すか!
カケルは乗る。
ジャバリは。
乗らない。
「やっぱり」
発進。
ラファエルも乗る。
エリアス。
ルーカス。
久瀬。
カケルが加速。
順位を上げる。
二位。
一位。
八番、遠野!
ここで先頭!
世界最高峰の大会で先頭へ!
カケルは画面を見ない。
道。
残量。
身体。
それだけ。
六十。
五十二。
四十七。
消費が速い。
速度を落とす。
ラファエルが抜く。
エリアスも。
カケルは追わない。
三位。
残量。
三十八。
終点より前。
降りる。
乗り捨て。
走る。
久瀬が後ろから。
「早いな」
「後半怖いので」
「正解かどうかは山頂で分かる」
「そればっかりですね」
「レースだからな」
競技開始から三時間。
最初の脱落者が出る。
実況。
二十七番!
体調判定により競技停止!
本人は続行意思を示していますが大会本部が認めません!
これがエベレストクライム!
走りたいだけでは走れません!
カケルが横を通る。
停止した選手。
悔しそうに座っている。
スタッフが囲む。
カケルは一瞬見る。
すぐ前。
自分も同じ可能性がある。
勝つ。
その前に。
止められないこと。
無理をしないこと。
難しい。
速く行かなければ勝てない。
速く行きすぎても終わる。
残り八キロ。
先頭集団。
九人。
ラファエル。
ルーカス。
ジャバリ。
カケル。
エリアス。
久瀬。
志戸。
ソウマ。
セナ。
日本勢も全員残っています!
世界シリーズ最終戦!
まだ九人!
誰も譲りません!
岩場。
カケルが登る。
マッターホルンほど険しくない。
でも。
身体が違う。
息。
重い。
手。
一段。
脚。
次。
ルーカスが速い。
岩場で前へ。
カケルは追わない。
自分の足場。
確実に。
志戸が横へ。
「今日は慎重」
「落ちたら終わる」
「正解」
「志戸も」
「俺はいつも慎重」
「マッターホルンで大岩直登してた」
「忘れた」
二人が笑う。
呼吸。
少しだけ楽になる。
残り六キロ。
最後から二番目のモビリティステーション。
超軽量登坂型。
カケルが見る。
乗る。
ジャバリも。
珍しい。
「乗るんだ」
翻訳。
今日は乗る。
「そりゃそうか」
二人が発進。
ラファエル。
エリアス。
ルーカス。
久瀬。
全員。
高速ではない。
じわじわ登る。
人間の脚を休ませながら。
前へ。
このモビリティは速さだけのためではありません!
脚を休ませる!
呼吸を整える!
後半へ身体を残す!
世界トップ選手は移動と休息を同時に行います!
カケルが肩の力を抜く。
呼吸。
一度。
二度。
機体へ任せる。
前へ。
焦らない。
降車地点。
カケルは早めに降りる。
脚。
動く。
よし。
走る。
残り五キロ。
ラファエルが前へ出た。
速い。
初めて差を作る。
十メートル。
十五。
二十。
一番、ラファエル!
年間ランキング首位!
ここで勝負に出ました!
カケルが追おうとする。
ジャバリが横。
まだ。
カケルが止める。
ルーカスも追わない。
久瀬も。
ラファエルだけが前。
三十メートル。
四十。
ソウマが息を切らす。
「行かなくていいの?」
カケルが前を見る。
「分からない」
「俺も」
でも行かない。
富士。
最後まで残す。
キリマンジャロ。
追える速度で来い。
マッターホルン。
怖いなら正常。
全部。
今。
焦るな。
カケルは自分の速度。
残り四キロ。
ラファエルの速度が落ちた。
差。
三十。
二十。
十五。
実況が叫ぶ。
追いつく!
先頭ラファエルへ集団が追いつきます!
早仕掛けだったか!
カケルが並ぶ。
ラファエルを見る。
呼吸が荒い。
それでも走る。
翻訳。
いい判断だ。
「怖かったです」
ラファエルが笑う。
私もだ。
七人。
セナとソウマが少し遅れ始める。
ソウマが手を上げる。
「先行け!」
カケルが振り返る。
ソウマは笑っている。
「頂上で会おう!」
カケルが頷く。
「うん!」
前へ。
残り三キロ。
最終モビリティステーション。
大会用高所超軽量機。
使用可能距離。
八百メートル。
その後。
完全徒歩。
カケルが機体を見る。
八百。
長い。
乗れば脚を休められる。
でも。
降りた後。
最後の急登。
ラファエル。
乗る。
エリアス。
乗る。
久瀬。
乗る。
ルーカス。
乗る。
志戸。
乗る。
ジャバリ。
通過。
カケル。
止まる。
一秒。
ジャバリを見る。
違う。
ジャバリが正しいとは限らない。
自分。
身体。
脚。
まだ動く。
呼吸。
機体へ乗れば休める。
最後。
残したい。
カケルは。
乗った。
八番、遠野は乗った!
三番ジャバリは徒歩!
ここで選択が分かれます!
発進。
カケルが前へ。
ラファエル。
エリアス。
ルーカス。
久瀬。
志戸。
六台。
ジャバリを抜く。
差を作る。
カケルは速度を上げすぎない。
脚を休める。
呼吸。
残量ではない。
自分の残量。
八百メートル。
終点。
カケルは百メートル前。
降りる。
八番、早めに降りた!
またです!
マッターホルンでも見せた早期乗り捨て!
残りの距離より次の動作を優先!
カケルが走る。
ラファエルたちは機体で抜く。
終点。
降りる。
その間。
カケルが追いつく。
そして。
後ろ。
ジャバリ。
まだ来る。
残り二キロ。
完全徒歩。
先頭。
ラファエル。
カケル。
ルーカス。
ジャバリ。
エリアス。
久瀬。
志戸。
七人。
世界の頂点まで二キロ!
カケルの脚が重い。
でも。
動く。
腕。
振る。
呼吸。
一定。
一歩。
一歩。
久瀬が少し遅れる。
志戸も。
エリアス。
残る。
五人。
残り一・五キロ。
ラファエルが加速。
今度は誰も待たない。
カケルも。
ジャバリも。
ルーカスも。
エリアスも。
全員。
行く。
五人!
ここからです!
もう温存はありません!
残っているものを全部使う!
カケルが前へ。
ラファエルと並ぶ。
ジャバリ。
ルーカス。
エリアス。
五人横並び。
呼吸。
苦しい。
胸。
脚。
全部。
でも。
高尾より強い。
筑波より知っている。
大山より切り替えられる。
阿蘇より操作できる。
八ヶ岳より機体を見極められる。
富士より残せた。
キリマンジャロより高所を知った。
マッターホルンより判断できる。
全部。
今の自分。
残り一キロ!
世界最高峰の決着まで一キロ!
一番ラファエル!
二番ルーカス!
三番ジャバリ!
六番エリアス!
八番遠野!
全員が優勝候補!
カケルが前へ。
半歩。
ラファエルが追う。
ジャバリ。
ルーカス。
エリアス。
残り八百。
急登。
走れない。
速歩。
身体を前へ。
カケルの脚が震える。
ジャバリが並ぶ。
翻訳。
追える速度で来たね。
カケルが息を吐く。
「今日は……追うんじゃない」
ジャバリが見る。
「前に……行く!」
カケルが一歩。
ジャバリより前。
残り六百。
ラファエルが来る。
並ぶ。
ルーカス。
エリアス。
四人。
ジャバリも戻る。
また五人。
残り五百。
観客の声。
中継。
世界中。
でも。
カケルには足音しか聞こえない。
自分。
隣。
後ろ。
前。
一歩。
また一歩。
残り三百!
まだ五人!
こんなエベレストクライムがあったでしょうか!
世界の頂点が三百メートルで決まります!
ラファエルが前。
カケルが追う。
ルーカス。
ジャバリ。
エリアスが少し遅れる。
四人。
残り二百。
最後の急登を抜ける。
走れる。
カケルが身体を起こす。
脚。
動く。
走る。
ラファエルも。
ルーカス。
ジャバリ。
四人。
残り百五十!
カケルが前へ。
一メートル。
ラファエル。
並ぶ。
ルーカス。
ジャバリ。
百!
四人!
世界最高峰の大会!
最後はスプリント!
カケルが腕を振る。
脚。
もう何も残さない。
八十。
ラファエルが半歩前。
六十。
カケルが並ぶ。
四十。
ルーカスが来る。
ジャバリも。
三十!
四人横並び!
実況席が叫ぶ。
写真判定になる!
まただ!
遠野カケル!
世界最高峰でも写真判定か!
カケルが聞いた。
笑いそうになる。
でも。
今日は。
「離す!」
残り二十。
一歩。
前。
十。
ラファエルが来る。
五。
カケル。
ラファエル。
ルーカス。
ジャバリ。
ゴール。
花火。
音。
歓声。
カケルは走り抜けた。
止まれない。
数歩。
膝をつく。
倒れそうになる。
スタッフが支える。
カケルは呼吸。
一度。
二度。
顔を上げる。
誰が勝った。
分からない。
ラファエルが座っている。
ルーカスは地面へ手を置く。
ジャバリは仰向け。
エリアスもゴール。
久瀬。
志戸。
少し遅れて。
ソウマ。
セナ。
全員。
帰ってきた。
写真判定です!
やはり!
最後の最後まで!
エベレストクライム!
四人の写真判定!
カケルが笑った。
「また……」
ソウマが座り込む。
「九回連続?」
「数えるなって……」
「最終戦まで……」
「うるさい……」
二人とも息が切れている。
それでも笑う。
大型画面。
ゴール映像。
八番。
一番。
二番。
三番。
四人。
線。
拡大。
さらに拡大。
世界中の中継画面が同じ映像になる。
観客が静まる。
カケルが立つ。
脚が震える。
画面を見る。
高尾から。
何度見ただろう。
この時間。
判定を待つ。
一秒。
二秒。
三秒。
表示。
一着。
八番。
遠野カケル。
カケルの目が止まった。
二着。
一番。
ラファエル・クローネ。
三着。
三番。
ジャバリ・ムテサ。
四着。
二番。
ルーカス・ベルナー。
一着と二着の差。
七センチ。
判定!
一着!
八番!
遠野カケル!
エベレストクライム優勝!
世界最高峰の大会を制しました!
カケルは動かなかった。
大型画面。
八番。
遠野カケル。
もう一度見る。
変わらない。
「……七センチ」
ソウマが言う。
カケルが振り返る。
「勝った?」
「勝った」
久瀬が笑う。
「七センチも離したな」
志戸も。
「自己最大級じゃない?」
カケルが笑う。
「離した!」
「七センチ」
「離した!」
両腕を上げる。
歓声。
世界中から。
花火。
カケルは叫んだ。
言葉にならない。
ただ。
声。
それでよかった。
ラファエルが立つ。
カケルへ手を出す。
握る。
翻訳。
本当に離した。
「七センチ」
十分だ。
ルーカスも来る。
次は一センチ取り返す。
「一センチなんだ」
ジャバリも笑う。
今度は追う側だね。
カケルが三人を見る。
「またやります」
もちろん。
答えは早かった。
確定順位です!
一着、八番、遠野カケル!
二着、一番、ラファエル・クローネ!
三着、三番、ジャバリ・ムテサ!
四着、二番、ルーカス・ベルナー!
五着、六番、エリアス・フォーゲル!
六着、五番、久瀬リョウ!
七着、十四番、志戸ユウ!
八着、十一番、桐谷ソウマ!
九着、二十二番、牧原セナ!
大型画面が切り替わる。
そして日本向け払戻金です!
単勝 8番 580円
複勝 8番 210円
複勝 1番 160円
複勝 3番 190円
二人順位・順不同 1-8 1,240円
二人順位・着順指定 8→1 2,680円
三人順位・順不同 1-3-8 3,460円
三人順位・着順指定 8→1→3 14,720円
三人順位の着順指定!
八番、一番、三番!
百円分の投票に対し、払戻金は一万四千七百二十円です!
各地の観戦会場。
立ち上がる人。
飛び跳ねる人。
投票券を見つめる人。
泣いている人。
笑う人。
日本。
高尾。
筑波。
大山。
阿蘇。
八ヶ岳。
富士。
カケルが走った土地でも中継が流れている。
実況が続く。
高尾でデビューした十八歳!
最初から最強だったわけではありません!
モビリティを知り!
山を知り!
天候を知り!
世界を知り!
負けて!
覚えて!
また登った!
そして今日!
世界最高峰の大会で頂点へ!
八番!
遠野カケル!
表彰エリア。
中央。
カケル。
二位。
ラファエル。
三位。
ジャバリ。
観客席を見る。
数えられない。
世界中の言葉。
翻訳イヤホンが処理を続けている。
途中で外した。
もう必要なかった。
名前は分かる。
カケル。
遠野。
八番。
聞こえる。
手を上げる。
歓声が返る。
山を見る。
高い。
今日。
ここへ来た。
でも。
山そのものを征服したわけではない。
大会で一番早かった。
ただそれだけ。
山は明日もそこにある。
来年も。
次の選手を待つわけでもなく。
ただそこにある。
ピークランナーの方が。
また来る。
表彰後。
カケルたちは会場を歩いていた。
ソウマが横。
「で」
「何?」
「世界最高峰勝ったけど」
「うん」
「次どうする?」
カケルが止まる。
考える。
高尾の前なら。
エベレストで勝つ。
それを目標にしていたかもしれない。
でも。
実際に来てみたら。
終わりには見えなかった。
カケルは周囲を見る。
モビリティスポンサーのスタッフ。
次世代機の展示。
各国のピークランナー。
実況。
観客。
山。
世界シリーズの年間開催地。
知らない名前もある。
小さな大会も。
地方大会も。
新しく認定されたクライムも。
「高尾」
ソウマが聞き返す。
「え?」
「また高尾出たい」
「世界最高峰の次に?」
「うん」
「なんで?」
カケルは笑う。
「負けるかもしれないから」
ソウマも笑った。
「確かに」
久瀬が後ろから来る。
「世界最高峰を勝った選手が高尾で負けたら大騒ぎだな」
「やめてください」
志戸が続く。
「オッズ一倍台かな」
「嫌だな」
セナも。
「モビリティスポンサーも増えるよ」
「それも大変そう」
エリアス。
ルーカス。
ジャバリ。
ラファエル。
少しずつ同じ場所へ集まってくる。
翻訳イヤホンを戻す。
ラファエルが聞く。
次の世界シリーズも出る?
「出ます」
即答。
ジャバリが笑う。
今度はキリマンジャロで。
「今度こそ離します」
ルーカスも。
マッターホルンでは取り返す。
「一メートル離します」
ソウマが反応する。
「それ俺の!」
全員が笑った。
夕方。
山麓。
大会の観客が街へ戻っている。
飲食店。
宿泊施設。
土産店。
大会限定の商品。
モビリティメーカーの展示。
大型画面では何度もゴール映像が流れる。
八番。
一番。
三番。
二番。
七センチ。
カケルは店の前で映像を見る。
ソウマが飲み物を持ってくる。
「また見てる」
「九回目」
「写真判定の回数?」
「違う」
カケルが受け取る。
画面。
自分が身体を前へ出す。
ゴール。
七センチ。
「高尾のときは?」
ソウマが聞く。
カケルは少し考える。
「ゴールするので必死だった」
「今は?」
「同じ」
ソウマが笑う。
「変わってないじゃん」
「相手が変わった」
「山も」
「機体も」
「オッズも」
「スポンサーも」
二人が笑う。
大型画面。
今日の優勝者。
遠野カケル。
世界最高峰制覇。
そんな文字が出ている。
カケルは飲み物を一口。
「でもさ」
「うん」
「てっぺんって、一個じゃないんだな」
ソウマが山を見る。
「山ごとにあるから?」
「それもある」
カケルは画面を見る。
高尾。
あのときの自分。
初めてモビリティへ乗る。
初めて乗り捨てる。
初めて写真判定を待つ。
そこから。
何度も登った。
今日勝った。
次は。
またゼロから。
別の山。
別のスタート。
「次のてっぺんがある」
ソウマが頷く。
「じゃあ行く?」
「どこへ?」
「次の山」
カケルは笑う。
「まだ大会終わったばっかり」
「予約だけ」
「早いって」
二人が歩き出す。
夜。
大会会場。
観客が減った後も、大型画面だけが動いていた。
最後の大会映像。
実況の声。
今季の登峰競走世界シリーズ!
すべての競技が終了しました!
しかし!
登峰競走に最後の山はありません!
来季も!
新しいピークランナー!
新しいモビリティ!
新しい戦略!
そして新しいクライムが始まります!
画面に世界各地の山が映る。
高尾。
筑波。
大山。
阿蘇。
八ヶ岳。
富士。
キリマンジャロ。
マッターホルン。
エベレスト。
その隣に。
まだカケルが走ったことのない山。
いくつも。
カケルが立ち止まる。
ソウマも。
「いっぱいある」
「うん」
「全部出る?」
「無理じゃない?」
「じゃあ選ぶ?」
カケルは画面を見る。
次々と切り替わる開催候補地。
「出られるだけ」
「何年かかるかな」
「分からない」
「エベレストより難しい大会もできるかも」
「それはちょっと嫌だな」
「出ない?」
カケルは少し黙る。
そして笑う。
「たぶん出る」
ソウマも笑った。
二人が歩き出す。
大型画面の実況だけが背中を追う。
山がある!
道がある!
ピークランナーがいる!
そして!
誰より早く頂上へ行きたい人間がいる限り!
登峰競走は続きます!
カケルは振り返らなかった。
もう次の話をしていた。
どの機体がいい。
次は徒歩を増やす。
新型が出るらしい。
高尾なら何倍になる。
富士にもまた出たい。
キリマンジャロでジャバリに勝つ。
マッターホルンでルーカスと再戦する。
ソウマにも負けない。
話は終わらない。
山も一つではない。
世界最高峰で勝っても。
次のスタート地点では。
また一人のピークランナーになる。
カケルは笑った。
次は。
どのてっぺんへ行こう。
羽海汐遠
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