※この物語はフィクションです。
実在の人物及び団体などとは一切関係ありません。
むかし、むかし。 あるところに七匹の子供を持つお母さんヤギがいました。
ある日、お母さんヤギが出かけている間に、六匹の子供が悪いオオカミに食べられてしまいました。 残った一匹から話を聞いたお母さんヤギは、スヤスヤと眠っているオオカミのお腹を切り開いてしまいました。 そうして助け出した子供達に向かって、母さんは言います。 「さあみんな、石を集めておいで」 お母さんヤギは子供達が集めて来た石をオオカミのお腹に詰め、針と糸で縫い直しました。 やがて目を覚ましたオオカミは、水を飲もうと泉に向かいます。
「お腹が重いぞ」 石の重さでバランスを崩したオオカミは、ドッボーン!
泉に落ちてしまいました。
けれど、嫌われ者のオオカミを助けてくれる人はいません。オオカミは溺れて死んでしまいました。 めでたし、めでたし。
〈Case 1@予言の手紙〉
人間はSNSによって包囲されている。
「やっば。ねえ、やばくないアレ?」
「え、なに。事故?」
2人連れの女子高生の囁きが、傍を通り過ぎようとしていた俺の琴線に触れた。
音楽の流れていないイヤホンを外して、女子高生たちの視線を辿る。
すると道行く人がミーアキャットのように立ち尽くし、手にしたスマートフォンを輪の中心へと向けていた。
俺は少し離れた場所で、人垣の頭の隙間から遠目にその様子を 窺(うかが)った。
一車線の道路にバンパーのひしゃげた車が停まり、ミラーのねじ切れたスクーターが横転している。
倒れているのは恰幅の良い中年女性で、どうやら車とスクーターの交通事故のようだった。
その脇に立ってどこかに電話をかけているサングラスの男が、車の運転手かもしれない。
「救急車は?」
「さあ……。でもこんだけ人いんなら、誰か呼んでんじゃん?」
「だよね」
ひとり、またひとりと通行人が人垣に加わり、そうすることが決められているようにスマートフォンを取り出す。
その光景はまるでスマートフォン越しに観劇でもしているようで、シャッター音は拍手のようだった。
転がったヘルメット、そして筆で書いたような血痕を見て、強く瞼を閉じた。
その光景から逃げるように耳にイヤホンを戻し、曲がった背中のままバイト先へと急ぐ。
「ちょっ、待って! もしかしてあの車の運転手、俳優の――」
途中すれ違った救急車は、人波にのまれたようにのろのろと走っていた。
「頼むよ、 誉(ほまれ)くーん。うちのSNSの中の人やってよ~」
SNSの台頭から十余年、それはいつしか日常からは切っても切り離せないものになっていた。
広告の主戦場はネットへ、テレビは衰退を始め、企業はこぞってSNSを始めた。
レジの前に座って私物の本を読んでいた俺は、両手を合わせて頼みこむ店長を見上げた。
バイト先は、雑居ビルの間に挟まれたこぢんまりとした古本屋だった。
それも見落としてしまいそうな看板を 掲(かか)げ、いつ物理的に潰れてもおかしくない風体の本屋だ。
従業員は腰の曲がった店長と、バイトの俺が1人。
しかも、バイト時間の大半が読書に費やされているのが現状だった。
並んでいる本は店長の選りすぐりで、そこに手を出すことは許されていない。
本以外の掃除と会計、常連と古書マニア、それからたまに万引き犯の相手をするのが俺の仕事だった。
「どうせバイト中、暇でしょ?」
「何度も言ってますけど、この店、宣伝しようがないじゃないですか」
店の最奥、特に店長選りすぐりの官能小説の棚に目を向けながらそう言った。
店は右を見ても左を見ても、並んでいるのはすべて官能小説だった。
そのため女性客は皆無、一見の客はぎょっとして去ってしまう。
今日はネイビーのスーツを着た客が1人、棚の間を行ったり来たりしている。
「そこはほら、ちょっと盛ってさ。可愛い女性店員がレジやってます、みたいな」
「誇大広告で炎上待ったなし。むしろこの古さを利用して、隣の保険屋と結託して広告でも出すのは?」
「えー、たとえば?」
「いつ物理的に潰れてもおかしくないから、ご来店の際は隣りで生命保険の加入をおすすめいたします、とか」
「それ保険屋の宣伝じゃん!」
「とにかく、俺はSNSとか苦手なんで」
そう言って席を立ち、素知らぬ顔で店を出ていこうとするサラリーマンの肩を叩いた。
出来の悪いCGのようなぎこちない動きで、サラリーマンの頭だけが振り向く。
「お客様、精算をお忘れの商品はございませんか?」
バイトを終えて独り暮らしのアパートに戻ったのは、20時を少し回ったころのことだった。
集合ポストを覗き、「珍しいな」と思わず独りごちた。
ほとんどの請求書などはネットで済ませ、新聞を取っていないうちにはチラシもろくに届かない。
稀に妹の 澪(みお)からシールだらけのファンシーな手紙が届くくらいで、いつ見ても集合ポストは空だった。
だが今日は1通、青白い封筒が届いていた。
封筒の表面には、
『 佐田誉(さたほまれ)様』
と俺の名前が大きく印刷されている。
その下に住所が素っ気なく印刷されていたが、ひっくり返しても差出人の情報は書かれていない。
「誰からだ……?」
鳥の切手の上に押された消印には、俺の暮らす県の県庁所在地が刻まれていた。
大した厚みのない、普通郵便のようだった――差出人が不明な点を除いては。
その手紙を何度もひっくり返しながら、カンカンとやけに音の響く外階段を上って自宅に戻った。
部屋は2階の角で、猫の額ほどの狭さのワンルームだった。
申し訳ばかりのキッチンに、ユニットバス、日当たりの悪いベランダ――それが今の城だった。
大学の教科書が詰まった荷物を放り投げて、手紙を照明に透かしてみる。
手にした厚みからもわかる通り、どうやら紙しか入っていないようだった。
封はしっかりと糊付けされていて、指を差し込む隙間さえない。
仕方なく、中の紙を破らないように封筒の端を破って開けた。
封筒をひっくり返して軽く振ると、滑るように落ちて来た手紙が宙を舞う。
フローリングに落ちた手紙を拾い、 訝(いぶか)しみながら開いた手紙に視線を落とす。
「……なんだこれ?」
十一月十五日
・あなたは今日、バイトへ向かう途中に芸能人の起こした追突事故を目撃するでしょう。
・通行人に阻まれ、救急車の到着が遅れたことが話題になるでしょう。
・あなたは今日、バイト先で万引き犯を一人捕まえるでしょう。
手紙には、今日まさに俺の身に起きたことが記されていた。
ハッとして、封筒の消印に目を落とす。
芸能人の関わる事故が起こることも、滅多にない万引きを捕まえることも、それが起こった今日、11月15日にしかわからないはずだった。
だが消印は一昨日、11月13日となっていた――。
「みーつけた」 〈続〉
コメント
2件
え?どゆこと??怖!!