※この物語はフィクションです。
実在の人物及び団体などとは一切関係ありません。
〈Case 2@現代版、安楽椅子探偵〉
あれから、手紙は毎日夕方以降に届けられているようだった。
正確な時間は不明で、俺が大学に行く前には届いておらず、夜に帰宅すると届いているという具合だ。
内容はその日に世間を騒がせたニュースと、俺の身に起きたこと。
やはり、消印は必ず2日前のものだった。
「なんなんだ、一体……」
頬杖をついて、折り畳みのテーブルに並べた手紙を見下ろす。
封筒や便箋、切手、厳重な封の仕方、印刷された文字の書体から、おそらく送り主は同一人物だ。
「有名人の起こした交通事故に、政治家の汚職問題、海外で起きた爆破テロ、それに都心を騒がせたサル……」
手紙に記されていた世間を賑わせたニュースに、統一性はないように思えた。
それだけならば、手紙も、その送り主のことも、深く考えずに放っておくつもりだった。
だが万引きを捕まえたことを始め、大学の講義が臨時休講になったことや、本屋で買った文庫本のタイトルまで書かれていては、見過ごせない。
そして先ほどポストから回収した5通目は、これまでと違ったことが書かれていた。
便箋の真ん中に、@から始まる短い英数字が羅列されていたのだ。
「 Comitter(コミッター)のIDだよな、これ」
便箋に綴られたSNSのIDと思しきものを、胡乱な目で何度もなぞった。
最初に考えたのは、手紙の送り主がアカウントの持ち主である可能性だった。
予言めいた手紙は俺をSNSへ誘うための餌で、目的は別なのではないか。
待ち受けているのはアダルトサイトか、新興宗教か、犯罪グループの末端構成員か、それとも――……。
なんにせよ、手紙の送り主が俺に興味を持っているのは確かだった。
そうでなければ、こんなに回りくどいやり方で、俺の生活に色濃い影を落とすような真似はしない。
嫌がらせならもっとわかりやすくやるし、宣伝ならチラシでも入れておけばいい。
そうでないということは、なんらかの意図がある。
迷った末に、俺は検索窓に記されていたIDを打ち込んだ。
検索結果の1番上に出て来たリンクをタップすると、予想通り、ブラウザ版のcomitterに飛んだ。
だが、アカウントの持ち主はアダルトサイトの運営者でも、新興宗教の教祖でもなかった。
「SNS探偵ホームズ……?」
アカウント名を口頭でなぞり、首を傾げた。
「『【固定用】あなたの悩み、独断と偏見で大体無償で解決いたします。ご依頼はリプかDMまでお気軽に!メルフォはこっち→http://xxx――♯SNS探偵ホームズ』」
探偵を自称する通り、そのアカウントの持ち主はSNSに寄せられた事件や疑問を解決しているようだった。
事件とはいっても、浮気の証拠を掴むための入れ知恵をすることもあれば、高校の部活内で発生した盗難事件の犯人を突き止めることもあるらしい。
有償で頼まれた依頼を断って小学生からの依頼を受けているあたり、独断と偏見で受ける依頼を選んでいるというのは本当のようだった。
呟きを 遡(さかのぼ)っていくと、
「『鍵のかかった部屋』」
「『ドア』」
「『壁の境』」
といった、謎の呟きも多い。
ホームズを支持するフォロワーは、その手の呟きに特に反応を示している。
それに紐づけられた投稿の最後は必ず、
「『真実はホームズの掌に』」
となっていた。
どうやら、単語はホームズが頭の中を整理するためのキーワードで、それが済むと推理が披露されるようだった。
そんな芝居がかった演出が、フォロワー数に繋がっているのかもしれない。
「現代版、安楽椅子探偵か」
安楽椅子探偵とは、部屋から出ることなく、または現場に赴くことなく事件を推理する探偵、あるいはそのような趣旨の作品を指す。
最近バイト中に読んでいたのも、安楽椅子探偵の小説だった。
「まるでドラマの主人公だな」
SNSとは縁のない俺でも、フォロー人数0に対して、フォロワー数2万は少なくない数字だとわかる。
アカウント取得日は5年前で、今でも依頼は事欠かない様子だった。
「営業のために俺にちょっかいをかけたとは考えにくいよな……。そもそも道楽でやってるっぽいし。かといって、他の動機も思い浮かばねェ」
最近の投稿の中にも予言の手紙を 彷彿(ほうふつ)とさせるようなキーワードもない。
ホームズと手紙を繋げるものは、誉の元に届いた5通目の手紙しかなかった。
ないからこそ、自分とホームズを繋げたい手紙の 送り主(第三者)の存在を強く感じる。
明日来るはずの6通目が4通目までと、あるいは5通目と同じ内容なら構わない。
イヤホンで雑音を防ぐように、知らないフリに徹するだけだ。
――だがもし、そこに弟の『 暦(こよみ)』や妹『澪』のことが書かれてたら?
「もし、送り主が アイツだったら……」
その先を想像し、警鐘を鳴らす心臓を押さえた。
そしてこれまでの手紙を 一瞥(いちべつ)し、腹を括る。
Comitterは閲覧するだけならアカウントがなくてもできるが、コンタクトを取るにはアカウントが必要だ。
フリーアドレスで新規アカウントを取得し、ホームズへのメッセージを作成する。
「『初めまして、ホームズ。実は5日前から、家に不審な手紙が届くようになって困ってます。相談に乗ってもらえませんか?』」
イタズラだと無視される可能性を考えて、アカウントの画像は妹から送られてきた実家のウサギの写真、名前も ウサギ(彼女)のものを借りた。
その効果があったか、返事はすぐに返って来た。
「『初めまして、ラビさん。手紙について、詳しくお聞きしても良いですか?』」
「『はい。その手紙は――』」
手紙の内容と消印について、かいつまんで説明した。
もちろん、5通目の手紙にホームズのアカウントが記載されていたことも含めて。
すると、少し意外な言葉が返って来た。
「『その手紙を見てみたいな。そうだ。その手紙、私の弟子に渡してくれませんか?』」
「『弟子がいるんですか?』」
「『私は顔出しNGなんで、困ったときは弟子に行かせるんです。ラビさんが嫌でなければ、弟子に直接渡してくれませんか?もちろん強制はしないし、証拠を預けるのが不安なら見せるだけで構いませんよ。どうしますか?』」
「『……わかりました。会う場所をこちらで指定しても?ちなみに、都内のつもりですが』」
「『どうぞ』」
「『それじゃあ――』」
俺は都内の環状線沿線の、駅前のカラオケ店を指定した。
時刻は平日の夜9時。
当日に、俺からルームナンバーを伝えることで合意を得られた。
「『ホームズの弟子だとわかるように、合言葉を伝えておきます。合言葉は――』」
待ち合わせ当日、俺は1時間も前にカラオケ店を訪れ、部屋を確保した。
時間までタバコを 燻(くゆ)らせ、待ち合わせの5分前にSNSのDMを通じてルームナンバーを伝える。
もう近くで待っていたのだろう。
ほどなくして、すりガラスのドアをノックする人物が現れた。
それに応えるより早く、ドアは勢いよく開かれた。
「はじめまして。僕の名前は 月島調(つきしましらべ)。 SNS探偵(ホームズ)の愛弟子です」
現れたのは、キャメル色のコートに白いニットを着た、まるで雑誌から抜け出して来たような背格好の高校生風の男だった。
「合言葉は――」
合言葉を口にしようとする青年を制するように、俺はそいつの首根っこを掴んだ。
「帰れ」
〈続〉
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え?なんで??