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#山中柔太朗
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これは、1年前、設立されたばかりの総合診療科のお話。
side Daichi Shiozaki
ナースステーションはまだ真新しい匂いがしていたけれど、カンファレンスルームの空気は冷たく凍りついていた。
あかん……あかんあかん、心臓口から出そうや……っ。
俺——塩崎太智は、白衣のポケットの中でぎゅっと自分の手を握りしめていた。
緊張で手汗がすごくて、指先が微かに震えている。
今日のカンファレンスは、総合診療科に最初に来院した8歳の男の子の引き継ぎ。
夜間に強い胸の痛みを訴えて運ばれてきて、うちで初期対応をした患者さんだった。
担当する佐野先生の指示で、循環器内科の先生たちとの引き継ぎ合同カンファレンスに同行することになった。
…やけど、長机の向こうに並ぶ数人の循環器内科の専門医たちの威圧感がすごすぎて、俺は完全に気圧されていた。
「——ですから、心電図のST変化も軽度ですし、小児の心筋炎や不整脈の決定的な根拠には乏しい。循環器内科として入院でベッドを塞ぐのは少し厳しいかと」
循環器内科のベテラン医師が、冷ややかな声で資料をめくる。
小児の循環器疾患は診断がめちゃくちゃ難しい。内科の先生たちも、どう対応すべきか少し困惑している様子だった。
「いや、でもですね!」
バシッと机を叩いて立ち上がったのは、俺の隣に座る佐野勇斗先生だ。
白衣の袖を腕まくりして、相変わらずの熱血全開。
「子どもは大人みたいに『ここがこんな風に痛い』なんて正確に言えないんですよ! データに出てないからって様子見で帰して、夜間に急変したらどうするんですか! 小児科診てた僕から言わせてもらえば、この胸の痛み方は絶対におかしいです!」
「佐野先生、気持ちは分かりますがね、僕たちは感情論ではなくデータで話をしているんです」
佐野先生の熱血と、内科の先生たちの冷静な理詰め。
噛み合わない議論に、部屋の緊張感はピークに達していた。俺は息をするのすら忘れて、冷や汗が背中をダラダラと伝落ちていくのを感じていた。マジで自分のほうが体調悪くなって倒れそうや。
そんな中、俺の頭の中に、さっき病室で見た男の子の姿がふっと浮かんだ。
あの子……『胸が痛い』って言ってる時、ずっとお腹を庇うみたいに少し体を丸めてたな。それに、息を吐く時だけ顔を歪めてた……。
ただの観察。専門的な知識もない、俺の小さな気づき。
でも、それが頭から離れなくて、俺は無意識にぽつりと呟いてしまっていた。
「……息、吐く時だけ……痛がってた……」
本当に、小さなひとり言のつもりだった。
けれど、静まり返っていた室内には、その声が嫌なほど響いてしまった。
「……はあ?」
さっきまで佐野先生と議論していた内科の医師の一人が、ピキッと眉を跳ね上げた。
引き継ぎが難航して苛立っていたところに、新入りの看護師が口を挟んだのが気に食わなかったらしい。
その医師は、部屋全体に聞こえるような大声で、半ば呆れたように吐き捨てた。
「おいおい、看護師が何つぶやいてんの? 専門医たちが知恵絞って話してんのに、素人の素朴な感想なんか聞いてないんだけど。
……これだから新設の総合診療科は、教育もなってないんじゃないの?」
——ゾクッ、と背筋に冷たいものが走った。
カンファレンスルームが、完全に凍りつく。
周囲の先生たちの視線が一斉に俺に突き刺さる。気まずすぎる空気。
俺は顔面蒼白になって、視界がじんわり滲むのを感じた。手元の資料を握る手が、自分でも止められないくらいガクガクと震える。
ヤバい……俺、余計なこと言ってもうた。佐野先生の顔にも泥塗って……。
恥ずかしさと申し訳なさで、今すぐ地面に穴を掘って逃げ出したい。
完全に縮こまって下を向いた、その時だった。
「——太智」
ポン、と肩に温かい手が置かれた。
見上げると、佐野先生がいた。
バカにされて激怒しているかと思いきや、佐野先生はめちゃくちゃ優しくて、太陽みたいに
温かい笑顔を俺に向けていた。
「言ってみ?」
「え……?」
「太智が気づいたことだろ? 堂々と言ってみ?」
威圧的な内科の先生たちを完全に無視して、佐野先生はまっすぐ俺の目を見て、優しく背中を押してくれた。
その手の温かさに、ガチガチに固まっていた胸の奥が、ふっと解けていくのが分かった。
俺は深呼吸をして、震える声を必死に抑えながら口を開いた。
「……あの、患者のお子さん、胸が痛いって言ってますけど、息を『吸う』時やなくて『吐く』時に顔を歪めてました。それに、少しお腹を庇う体勢をとってて……。
心臓そのものやなくて、横隔膜の動きとか、腹膜の初期の炎症が胸に響いてる可能性はないでしょうか……!?」
必死で絞り出した言葉。
すると、佐野先生が「それだ!!」と豪快に膝を叩いた。
「それだよ太智! 横隔膜穿孔、あるいは小児特有の横隔膜下の急性炎症!
心電図に明確な変化が出ないのも筋が通る! 消化器の検査も追加で回せば、完全に鑑別できる!」
俺のボソッとした気づきから、一気に詰まっていた謎が解け明かされていく。
さっきまで俺をバカにしていた内科の医師は、顔を真っ赤にして絶句していた。
「……ッ、横隔膜……!? た、確かにその可能性を否定は……」
「そういうことですので!」
佐野先生はパンッと手を鳴らし、内科の先生たちに向かってニッと笑った。
「小児科と総合診療科の視点、それに『優秀なうちの看護師』の完璧な観察眼のおかげで、原因が特定できました! 引き継ぎ、無事に完了ってことでよろしくお願いしますね!」
完璧に引き継ぎ書類を叩きつけ、佐野先生は満足そうに頷いた。
そして、荷物をまとめながら、さっき俺を大声でバカにした内科の医師の前にすっと立ち止まった。
佐野先生は白衣のポケットに手を突っ込み、上から下までその医師をじっくり見つめると、極上の笑顔(目は笑っていない)で、けれど威圧感たっぷりに言い放った。
「あ、そうだ先生。『素人の感想』に助けられちゃって、専門医のプライド、傷ついちゃいました?
……まあまあ、恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ! 次からは僕たち総合診療科に、いつでも頼ってくださいね〜!」
「っ〜〜〜〜!!」
顔を真っ赤にしてぐうの音も出ない内科医を置き去りにして、佐野先生は「行くぞ太智!」と俺の首に腕を回した。
「さ、佐野先生! 煽りすぎですって……!」
「ハハハ! 事実だろ! お前のおかげで患者も助かって、スカッとしたわ!」
カンファレンスルームを出た瞬間、緊張の糸が切れて、俺の膝がガクッと笑った。
そんな俺を、佐野先生は大笑いしながらガシッと支えてくれた。
……この人、ほんまにすごいわ。
冷や汗だらけの初カンファレンス。
でも、自分の観察を信じて救ってくれたこの熱血ドクターの背中を、俺はこれからずっと追っていくんやと、固く心に決めた。
コメント
3件
💙くんが好きなので、とりあえず💙くんが出ているお話だけ見させていただいてるのですが、この1話見ただけで本当に刺さりました💖 語彙力が乏しく、上手く説明できないのですが、表現力というかストーリー性というか文才にとても惹かれるものがあります🥹🎶 ほかのお話もたくさん読ませていただきます🙌🏻
読んだばっかだけど、もう心臓バクバクやわ。塩崎くん、あの重い空気の中で「息吐く時だけ痛がってた」って小さく言ったの、まじで勇気あったよな。あそこで佐野先生が「言ってみ?」って背中押してくるシーン、めっちゃ熱すぎるやろ先生…!鼻で笑ってきた医者に最後ガツンと決め返すとこ含めて、バトル漫画みたいに爽快やったわ。涙腺ちょっと来た。🩹✨