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🫧第14話「泡の再構成、頁を編む午後」
泡図書館の奥、静かな窓際の机。
聖名(みな)は日記を開いたまま、筆記具を握っていた。
ねむるは彼女の隣の書架に座り、泡文字の粒を数えている。
何も思い出せないはずなのに――
指先が、ひとつの言葉を探し始めていた。
「ねむる……わたし、いつあなたに会ったんだろう」
ねむるは答えない。
灰色の背中だけが、午後の光でふるえていた。
聖名(みな)はそっとページに手を添えた。
その瞬間、指先だけが“知っている感覚”を思い出す。
車道の匂い。
誰かの腕に引き寄せられた衝撃。
泡の耳をした猫――ねむる。
けれど、顔も名前も覚えていない。
ただ、泡の粒のような“命の気配”が確かに存在していた。
彼女は震える手で、ゆっくり頁に書き始めた。
📓泡日記:13歳の頁(再構成)
この頁は、13歳のわたしに届くように書く。
思い出せない記憶の中で、泡になった瞬間がある。
灰色の猫がいて、
その子を庇おうとした誰かがいて、
その音の中でわたしの命が救われた気がする。
名前はまだ思い出せない。
でも、泡の旋律は知ってる。
わたしはあの日、音楽の始まりに触れた気がする。
──その“始まり”は、律の音だった。
彼が音楽室で奏でた旋律は、泡の粒に似ていた。
形はないのに、確かに存在する。
聖名(みな)が知らないうちに、律は彼女の記憶の中で音を編んでいた。
放課後の音楽室。
律は譜面の余白に、泡のような音を残していた。
誰にも聞こえないはずの旋律。
でも、それは聖名(みな)の心に届いていた。
彼女が思い出せなかった“感謝”の気持ちを、律は音で伝えていた。
だからこの頁は、
“13歳のわたしに知られていなかった感謝”のために残す。
あの日わたしを助けてくれた人が、
泡の図書館でピアノを弾いていた律くんだったことを、
今のわたしが知っている。
筆が止まる。
聖名(みな)は静かにページを閉じた。
ねむるは振り返り、
彼女の目を見て、ふっと尾を揺らした。
泡の記憶は、すでに“感謝”という形に変わっていた。
泡の頁を見つめていると、静けさの奥で、ひとつの音が微かに揺れた。
それはずっと聴きたかった音——律が泡日記に残した、届かないはずだった気持ちの響き。
聖名(みな)は、猫(ねむる)のまばたきの気配の中で、それが“泡の中に残っていた彼の記憶”だと気づく。
律の存在が、泡の粒に灯るように、やさしく空間に満ちていく。
泡の頁がふわりと開く音は、過去と現在が重なりあう合図のようだった。
そして聖名(みな)は、頁の先にいる律へ、言葉を越えた思いをそっと編み始めた。