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足早に部屋へ戻ってきた優子は、リビングへ通じるドアを開け放ったまま、その場に立ち尽くしていた。
妻に柔らかな表情を見せていた、元恋人。
穏和な眼差し。
甘やかで低い声色。
いつも愛する女に触れていたい、と思わせる、振る舞い。
豪とは、三年間恋人同士だったけど、彼女の前では、一度も見せる事のなかった、彼の別の顔。
優子以上に、愛情を注げる相手に出会った、豪の幸せな表情を思い出し、彼女の心は打ちのめされそうになる。
──私も、あんな風に愛されたかった。
──私も、あんな風に、優しく頭を撫でられたかった。
──私も、あんな風に、甘い声で『優子』って呼ばれたかった。
妻への溺愛ぶりを、まざまざと見せつけられ、脳裏に焼き付いている優子の瞳から、大粒の雫が頬を伝い、零れ落ちていく。
「豪の事……大好き……だったのに…………私が……彼の気持ちを……蔑ろにして、他の男と付き合ったから…………一番大切な存在を…………見失って……逃しちゃったんだ……」
彼女の胸中に湧き上がる、痛烈な後悔の念。
「豪を取り戻そうと……気持ちが暴走して…………彼の職場のサイトに……軽い気持ちで書き込みした事が…………一生を棒に振る結果になったんだ……」
名誉毀損罪で逮捕され、常に優秀でいる事を優子に望んだ両親からは、『お前は死んだと思って過ごしていく』と絶縁されている。
金も住む場所もなく、ヤケになっていた所で男に拾われ、行き着いた先は、前科持ちの売女。
元恋人と、彼の親友の幸せな表情を思い出し、優子の唇は小刻みに震え続けて止まらない。
「私は…………ただ……認めて欲しかったっ……!」
悔しいのか、悲しいのか、情けないのか、様々なマイナスの感情が優子の首を締め付け、身体が力なく崩落していく。
膝からガクリと床に落ち、両手を突いて這いつくばる姿が、あまりにも惨めで、優子の視界がぼやけた。
「ただ……愛されたかったのにっ!! っ……うっ…………っ……ううっ……っ…………んうぅぅっ…………うわぁぁあぁぁああぁっ……!!」
止めどなく溢れ続けている涙が、床にポタリ、またポタリと滴り、広大なロイヤルスイートルームのリビングに、優子の啼泣だけが、物悲しく響いていた。