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まるで天からの救いのように、ちょうどタイミング良く予鈴が鳴った。
キーンコーンカーンコーン、と、乾いた音が廊下に響き渡る。
「あ!授業始まっちゃう……!ほら圭ちゃん行かなきゃ……!」
このチャンスを逃すまいと、俺は焦る気持ちで圭ちゃんの腕をぐいぐい引っ張った。
彼が何かを言いかけるのを遮るように、無理やり教室へと引きずっていく。
「おい、ちょ待てりゅう!お前まだ答えてねーだろ!」
「それ、あとで聞くから!ほら次移動教室だし!」
なんとかその場を難なく免れた
と、その時は思った。
——いや、免れられてないか。
理科室への移動中も、心臓のバクバクが治まらないまま
俺は混乱と不安と、そして微かな期待の入り混じった感情に包まれていた。
◇◆◇
放課後、いつも通り2人で電車に乗り込むと
圭ちゃんは隣でゲームをする俺を横目で見て、唐突に言った。
「この後付き合え」
俺は「用事あるから……」と、いかにも忙しいフリをして逃げようとしたものの
圭ちゃんには「逃げんな」と言わんばかりに手首をガシッと掴まれてしまった。
彼の指が俺の手首を締め付ける力は、有無を言わせぬ圧力を含んでいた。
そして、そのまま有無を言わさず、強制的に小樽築港駅で下ろされてしまった。
夕暮れのオレンジ色の光が、駅のホームに長く影を落としている。
そして、適当にマクドナルドに入って席に着いた。
店内は、学校帰りの学生や
買い物帰りの主婦たちで賑わっている。
俺たちはひるマックのダブルチーズバーガーセットをそれぞれ注文し、向かい合って座っていた。
熱々のポテトの香りが食欲をそそるが、俺の食欲はすっかり消え失せていた。
圭ちゃんは、俺の顔を真っ直ぐに見つめ、一言。
「昼のアレについてさっさと口割ってもらおか」
その言葉の響きは、普段の圭ちゃんからは想像もつかないほど、有無を言わせぬ迫力があった。
まるで、どこかの組織の取り調べを受けているかのような、そんな錯覚に陥る。
「いつにも増して言い方ヤクザすぎない??」
俺は必死に明るい声を出そうとしたが、喉が引き攣って、か細い声になってしまった。
「いいから吐け。お前言い訳垂れて逃げたんだから」
圭ちゃんの言う通りだ。
昼間の言い訳は、ただの言い逃れに過ぎなかった。
彼の真っ直ぐな視線に、俺は思わず目を逸らした。
でも、まだ素直には言えなかった。
心のどこかで、この関係が壊れてしまうことへの恐れが、大きく膨らんでいた。
「本当になんでも、ないよ。俺、圭ちゃんのことそんな目で───」
言いかけたところで、圭ちゃんの言葉が、俺の言葉を遮った。
「──じゃあなんで目逸らすんだよ」
図星を突かれて、ドキッとする。
圭ちゃんの目は、普段の悪戯っぽい輝きはなく、真剣そのものだった。
その真っ直ぐな視線から、俺は逃れることができなかった。
「そ、それは…」
言葉が出てこない。どうすればいいんだろう。
ここで、本当の気持ちを言っていいのか
でも、もし、今のこの気兼ねない関係が壊れてしまったら……
圭ちゃんは、俺がゲイであることは許容してくれたとしても
まさか自分が、そんな目で見られていたなんて知ったら、引かれてしまうかもしれない。
いくら圭ちゃんだとしても、それは絶対に嫌なはずだ。
頭の中がグルグルと回って、考えがまとまらない。
不安と緊張で、今にも泣きそうになってしまう。
そんな俺の様子を見てか、圭ちゃんが急に俺の注文したパックのMILKを奪い取ってきた。
その手つきは、あまりにも唐突で俺はあっけに取られてしまった。
「これ、ひとくちもらおっかな」
悪戯な笑みを浮かべた圭ちゃんが、俺のMILKを高く掲げて言う。
その表情は、まるで子供のように無邪気で
しかし俺をからかっているのがありありとわかる。
「だっ、ダメ!!返してっ!」
そう言って奪い返そうとすると、圭ちゃんは空いた片手で俺の頭をポンと押さえて軽く制した。
その力は強くないのに、俺は動けない。
「りゅうっていっつも俺の食べくさし食わねぇしジュースひとくち貰おうとしただけで拒否るだろ?あれ照れ隠しってわけか」
彼の言葉に、俺の心臓は再び大きく跳ね上がった。
「はっ?!な、なにを根拠にそんなこと…!俺のことからかうのもいい加減に…っ」
俺は必死に否定しようとするが、圭ちゃんはどこ吹く風といった様子で俺の顔をじっと見つめていた。
そして、フッと口元を緩めて、ニヤリと笑った。
「だってお前、今顔真っ赤じゃん」
その瞬間、全身の体温がカッと上がるのがわかった。
耳まで熱くなる。
心臓の音が、ドクドクと、激しくなる。
まるで、自分の心臓が、喉元まで飛び出してきそうなほどだ。
「っ……!いいから返してってばっ!」
俺は、もう一度MILKを奪い返そうとするが
圭ちゃんはそれを軽くかわし
そして、俺の目をじっと見つめて、ストレートな言葉を投げかけてきた。
「りゅう、俺のこと好きならそう言えばいいじゃんかよ」
「ていうかなんでそう思うんだよ……!」
俺は、必死に動揺を隠そうとするが
圭ちゃんはすでに俺の心を完全に読み解いているようだった。
「だってお前めっちゃ顔赤いし態度に出過ぎだろ。これで違うならむしろすごいわ」
「ちっ、違うし……っ!」
俺は、もう一度否定しようとするが、圭ちゃんの次の言葉に、完全に言葉を失った。
「その真っ赤な顔で嘘つける自信あるのか?」
そんなことを言われて、俺は黙り込んだ。
反論の言葉が見つからない。
圭ちゃんの言葉が、まるで俺の心の扉をこじ開けようとしているかのようだった。
途端に、圭ちゃんはズルっと俺のMILKのストローに口付け、ごくりとひとくち飲んだ。
そして、挑むような目で俺を見つめ、言った。
「これでもか?」
その行為は、俺の頭を一瞬にして真っ白にした。
心臓がバクバクと暴れる。
顔がますます火照って、今にも泣きそうになるのを、必死に耐えた。
もう、逃げられない気がした。
彼の視線も、彼の行動も、全てが俺を追い詰める。
「圭ちゃんの、バカ」
絞り出した言葉に、力は無かった。
情けないほどにか細い声だった。
「バカで結構」
そうやって笑う圭ちゃんを見ると
ああ、やっぱり好きだなって、認めざるを得なくなった。
この、悪戯っぽくて、俺の心を揺さぶってくる圭ちゃんが、どうしようもなく好きなのだと、心の底から理解した。
「ゲイの俺に好きとか言われても困るだろうし……どうせ拒絶されると思ってたから、だからずっと言わなかったのに…っ」
堰を切ったように、本音が溢れ出す。
今まで隠し続けてきた感情が、涙腺を刺激する。
「拒絶はしねぇって。そもそも嫌いだったらこんな毎日一緒に過ごしてねぇよ。」
「…気持ち悪くないの……っ?」
恐る恐る尋ねる俺に、圭ちゃんは即座に答えた。
「気持ち悪くなんかねぇよ。そりゃあ多少ビビるけど。それに俺の姉ちゃんとか親に隠してるけど他校の女子と付き合ってるみてぇだし」
「…え、そ、そうなんだ…?」
予想外の告白に、俺は思わず驚きの声を上げた。
圭ちゃんは、そんな俺の反応にフッと笑い、言葉を続けた。
「だから別に変な偏見はねぇよ」
「そっか…よかった…」
素直に頷いた
胸の奥に広がっていた鉛のような重さが、少しだけ軽くなったような気がした。
「ま、男と付き合うとかなにすっかも分かんねぇしキスとか絶対俺は無理だろうけどな」
圭ちゃんの言葉に、俺は耳を傾けた。
ああ、やっぱり「お前とは付き合えないからこれからも友達として」と続くのだろうか。
そう思って身構えていたら、彼の口から返ってきた言葉は俺の予想を遥かに超えるものだった。
「だから試しに付き合ってみるか?」
その言葉に、俺は完全に驚いて、目を見開いた。
「え……?」
圭ちゃんは、そんな俺の反応をまるで意に介すことなく
平然とダブルチーズバーガーを口に運んでいる。
まるで、今交わした会話が、ごく当たり前の日常の一コマであるかのように。
「なにそれ……え、夢?」
俺は、思わず夢と現実の区別がつかなくなり、混乱したまま呟いた。
「現実だよバカ」
圭ちゃんは、呆れたように、しかしどこか優しい目で俺を見つめた。
「だっ、だってこういうとき普通の男友達だったら、拒絶するか、俺はゲイじゃないからお前とは付き合えないってなるもんじゃ…」
頭がついていかなくて
完全に固まってしまった俺を見て
圭ちゃんは苦笑しながらハンバーガーの包み紙を丸めた。
彼の口元には、呆れとも困惑ともつかない
しかしどこか温かさを感じる表情が浮かんでいた。
その仕草一つ一つが、俺の胸にじんわりと染み渡る。
「ものは試しっつーことだ。」
彼の言葉は、まるで魔法のように、俺の心の奥底に染み渡っていく。
その響きは、長らく凍てついていた俺の心を、ゆっくりと溶かしていくかのようだった。
予想もしなかった返事に、嬉しさのあまり、今にも泣きそうになるのを必死に堪えた。
喉の奥が熱くなり、目の奥がツンとする。
ただ、コクンと頷くことしかできなかった。
心臓が、今までにないほど大きく、そして温かく脈打っている。
全身の血潮が、歓喜に震えているかのようだった。
「あ、でも一応言っとくけどキスはしないからな」
圭ちゃんの、冗談めかしているようで
しかし明確に釘を刺すような言葉に、俺はハッと我に返り、慌てて頷いた。
「わかってるよ…!」
今は、それだけで十分だ。
キスなんて、そんな先のことは考えられない。
ただ、この気持ちが、この隠し続けてきた本当の自分が
圭ちゃんに受け入れられたという事実だけで、俺の心は満たされていた。
まるで、暗闇の中に一筋の光が差し込んだような、そんな感覚だった。
「まあでもとりあえずは一緒に登下校するとか休日にデートに行くとかぐらいはできるんじゃね?」
圭ちゃんの言葉に、俺の胸は高鳴る。
一緒に登下校、休日デート……
今まで、友達として当たり前のようにこなしてきた行動が、これからはまったく別の意味を持つようになるのだ。
「う、うん。でも、なんで圭ちゃんそこまで…」
彼の優しさに、俺は再び言葉を詰まらせた。
どうして、こんなにも俺のことを、俺の気持ちを、考えてくれるのだろうか。
理解できないけれど、その計り知れない優しさが、俺の心を温めていく。
「俺ら10年の仲だろ?だから単にお前とどこまでイケるもんなんかと思ってさ」
その言葉に、俺はフッと笑みがこぼれた。
そうか、圭ちゃんは、俺との関係性
そして俺という人間を、真正面から受け止めて、未来を見ようとしてくれているのだ。
それは、今まで出会った誰にもされなかった
本当に特別な優しさだった。
「なんか、好きになったの圭ちゃんでよかった…」
ぽつりと漏れた俺の言葉に、圭ちゃんは少し驚いたような顔をしたが
すぐにいつもの悪戯っぽい笑顔に戻った。
「なんだよそれ」
そう言って、くしゃりと笑いながらハンバーガーの包み紙を握りしめる圭ちゃんは
本当に優しい顔をしていた。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥がキュンと締めつけられて
今まで堪えに堪えてきた感情が堰を切ったように溢れ出し
今度こそ、熱い涙が頬を伝って溢れてしまった。
「お、おい、なんで泣くんだよ」
圭ちゃんは俺の顔を見るなり、本当に心底慌てた様子で少しどもりながらそう言った。
彼の顔には、困惑と心配が入り混じっていた。
俺は必死に涙を堪えながら、しゃくりあげる肩を震わせ、首を振った。
「ごめ…っ、なん、か…ゲイなのに、圭ちゃんのこと好き、なのに。みんなとズレてるのに…圭ちゃんだけは普通に話してくれるのがやっぱり、嬉し…くってさ……」
言葉の途中で、また涙が込み上げてきて、うまく話せない。
人前で泣くなんて、本当に久しぶりだった。
すると圭ちゃんは、呆れたような表情で俺を見て、やれやれ、といった風に溜息をついた。
かと思えば、急に俺の額に指を当て、軽いデコピンをしてきた。
「俺を甘く見すぎなんだよ、お前と何年ダチやってると思ってんだ」
その鋭い眼差しに、俺は思わずドキッとしてしまった。
彼の瞳には、俺への深い理解と、揺るぎない信頼が宿っているかのようだった。
「で、でも……」
俺はまだ、彼の言葉を完全に信じきれない自分がいた。
過去の傷が、そう簡単に癒えるはずもなかった。
「お前がゲイだろうがなんだろうが関係ねーし。それに、俺はお前のことを気持ち悪いとか思ったこと一度もないからな。」
その言葉に、俺は再び泣きそうになった。
彼の言葉は、まるで長年心の奥に溜まっていた重い石を、一つ一つ取り除いてくれるようだった。
しかし、ここでまた泣いてしまったら
彼を困らせてしまうと思い、必死に涙を堪えた。唇を噛み締め、呼吸を整える。
「圭ちゃん、本当にありがとう……っ」
そんな俺を見た彼は、優しく微笑みながら
俺の頭にそっと手を置き、撫でてくれた。
その手つきはとても優しくて、まるで壊れ物を扱うかのように繊細で
俺はその心地良さに身を委ねた。
彼の大きな掌から伝わる温かさが、俺の心を深く癒していく。
「ほら、そろそろ帰るぞ」
いつの間にか日が傾き始めていて、マクドナルドの窓からは
辺り一面をオレンジ色に染める夕焼けが見えた。
店内も、昼間の賑やかさとは打って変わって少し落ち着いた雰囲気に包まれている。
「うん…っ」
俺は涙を拭ってから立ち上がり、圭ちゃんの後を追って店を出た。
夕暮れの街は、昼間とは違う顔を見せていた。
ビルや住宅の影が長く伸び、空のグラデーションが目に染みる。
そして2人で肩を並べて歩きながら、駅へ向かい電車に乗り込んだ。
いつものバスに乗ると、車窓から流れる景色を眺めながら
その間、俺たちは他愛のない会話をしていたが
俺はずっと圭ちゃんのことばかり考えていた。
彼の言葉一つ一つが、俺の心に深く刻まれていく。
「じゃあな、また明日」
そんなことを考えているうちにあっという間にバスは目的地に着いてしまい
圭ちゃんは小さく手を挙げてから、自分の家の方へと去っていった。
その背中が小さくなっていくのを見送りながら、俺は自分の胸に手を当てた。
心臓の温かい鼓動が、掌に伝わってくる。
(俺、本当に圭ちゃんのこと好きなんだよな……)
改めて実感した途端、急に全身が熱くなり
恥ずかしくなってきて、俺は慌てて家路を急いだ。