テラーノベル
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「すまないな、こんな遅くに呼び出してしまって」
「いいいい、いえ!そ、それで、お話って何でしょうか」
やっぱり、養子にするのはやめるとか、そう言うことだろうか。それとも、他に? いや、何も思い当たらない。話したいことがあるなら、至急でないなら、明日でもいいのに、と私は、フィーバス卿と向かい合っていた。アルベドは、お呼びじゃないと、部屋に置いてきてしまったし、私を助けてくれる人はいない。そもそも、助けてくれる人が毎回いると思っていること自体が間違いなのかも知れない。
本当に、何のために呼び出されたのか分からずヒヤヒヤしている。フィーバス卿から見えるか分からないが、足が生まれたての子鹿のようにぷるぷるしてしまっている。恥ずかしい。見えないからいいじゃんという問題ではなくて、実際にステラの中に入っている私が、見た目とは違う年齢だから、こんな風に大人を前にして震えているのが格好悪いという話である。
それにしても、フィーバス卿は、四十代だろうに、肌もつやつやしているし、銀色に輝く髪はダイヤモンドのようで目を奪われない人はいないだろう。透明で青い瞳も、冬の湖を映しているようで綺麗だ。こんな人の養子……つまり、家族になったのだと考えると、自分の容姿に自信がなくなってしまう。一応、初代の聖女の身体だから、見劣りしないほど美しいはずなんだけれど、乙女ゲームの世界だから、大抵が美形で、それが当たり前のようになっている。目が肥えてしまっているのだ。
「……だから、そこまで堅くならなくてもいいだろう」
「ひぇっ、で、でも、いや、これはその、私が人と話すのが慣れていなくて。挙動不審になってしまうことは、その、許して下さい。これが、私です」
「……」
「あのぉ……」
「……」
「ひえっ」
もう、自分でも馬鹿みたいだと思った。どれだけ、ビビっているんだという話にもなるが、仮にも、『お父さん』になる、なったフィーバス卿の前で、あまりにも無礼というか、無礼講じゃないというか。表現が難しいが、これは家族じゃなくて、他人だと分かる態度を取ってしまう。
そもそも、家族ですら、他人であるみたいな人もいるわけだから、いいのかも知れないけれど、今回の養子の話は、そうはいかない。家族になるためにここに来た。繋がりが必要だったのだ。
(でも――)
実感がないといえば実感がないことで。今の私のお父さんが目の前にいるというのに、他人行儀が抜けなくて、どうせっすれば良いか分からなかった。家族というものは冷たいもので、血のつながりがあるだけの他人として生きてきた。はじめこそ、家族に認められたい一心で頑張ってきたけれど、それもダメで。だったら、私が家族の一員として振る舞う必要がないんじゃないかと思って……だから、家族ってよく分からなかった。父と娘も、母と娘もよく分からない。それなのによく、私は養子にして下さいといえたものだと。
相変わらず、目の前のことしか見えていない。先を見通したことが何一つ出来ていないのだ。アルベドは、私がこんな感情を抱くことまでは想像しなかっただろう。それこそ、アルベドの関係無い領域だから。彼は、ただ光魔法の貴族であるフィーバス卿との繋がりが出来れば良いだけ。私もそれだけのつもりできたけれど……
「まずは、その他人行儀から直せ」
「は、はいっ」
「本当に分かっているのか」
「はい、え、何がですか?」
私がアレコレ考えている間に、フィーバス卿は大事なことをいったのだろうか。それを聞き逃してしまったため、白い目で見られているのだろうか。私は、プチパニックを起こして、目が回った。やっぱり分からないし、怖い。この人のこと全然分からない。
リースがいたところで、アルベドがいたところで何か助けてくれるわけでもないのに、彼らに助けを求めたくなる。彼らだって、私がこんな意味の分からないことで、助けを求めて来たら、どうして良いか分からなくなるだろう。
これは、あくまで私の問題なのだ。
不慣れ。圧倒的に、不慣れすぎる!
「す、すみません。ええっと、何の話でしたっけ。大切な話、私聞いてなかったかもです」
「いや、まだ何も言っていない……はあ」
「た、ため息!?」
呆れられている。既に呆れられているのだろう。私はとんでもないやらかしをしてしまった可能性があるのだ。すぐに謝らなければ、何て言われるか分からない。そう思って頭を下げようとしたとき、フィーバス卿に止められた。
「ステラ」
「は、はい」
「何故今、頭を下げようとした?」
「な、何か、フィーバス卿の気に障ることをいってしまったのかと思って。なので、謝罪を」
「何もしていないだろう。それも直せ」
と、フィーバス卿は冷たく言い放つ。何だかずっとだめ出しされているような気がするが、冷静になって考えれば、指摘されたのは、自分を下げる言動についてだと何となく理解した。
顔を上げれば、フィーバス卿はなんともいえない、でもちょっと困った顔で私を見ている。
「あ、あのもしかして……」
「気づいたのならいい。そうだ、自分を下げるな。何があっても、下手に出るな。貴様は……お前は、俺の娘になったのだ。簡単に頭を下げることは許されない」
フィーバス卿は、真剣な眼差しを向けてそう言う。何となく、優しさが伝わってきて、いや、この人は優しい人なんだなと分かった。まだ、全然掴めていないけれど、貴族としての威厳と、優しさを兼ね備えた人。彼が周りにプレッシャーを放っているのは、舐められないためなのかも知れないと。
そして、私のことをしれっと娘、といったのがもの凄く自分の中で引っかかって、でも、それが本当なんだよなあ、と私はどうにか噛み砕いて飲み込もうとする。でも、娘という自覚がまだなくて、その言葉を自分の中に落とし込むのに時間がかかった。まだ、飲み込めていない。
「娘……」
「正式に届けを出すのは明日以降だが、俺はもう、ステラのことを娘だと思っている。お前は違うのか?」
「いい、いえ!そんな、娘……娘ですか……」
そう思われているという事実に驚きだ。いや、実際そうだって分かっていても実感がない。フィーバス卿は、すんなりとそれを受け入れ、私にそうだと諭してくれている。でも、諭された私が実感なくて、彼との間に溝を作ってしまっている気がする。
家族って何なのか、それを今一度考えないといけないときがきてしまったようで、胸の中に小さな穴が開く。
フィーバス卿が悪い人じゃないって言うのを分かっているからこそ、それが他人に思えて、家族には思えない。ここまで考えていれば、それなりの覚悟を意識を作れたのかも知れないけれど、それができない以上、今ここでそれを受け入れるしかないのだと。
「ステラ、一応聞いておくが、前の家族は何処にいるのだ?」
「前の……ええっと、いません」
「孤児ということか?」
「説明が難しいので……でも、家族の愛とか、家族の形とか、よく分かりません」
口から出たのは本音だった。分からない。それが、私の答え。
フィーバス卿は黙って聞いていた。そもそも、こんな質問をしてしまったことに、少し負い目を感じているからかも知ない、追求してこない。
フィーバス卿少し黙った後、「そうか」とだけ、同情も何もしないでくれて、立ち上がった。私の方へゆっくりと歩いてくると、ピタリととまって私を見下ろした。どうしても身長差的にこうなってしまうのは許して欲しい。威圧感があるのは身長差があるからなのかも知れない。
「ふ、フィーバス卿」
「ステラ、もう一つだ。それもやめろ」
「それとは?」
「フィーバス卿という呼び方だ。俺は、家族にはそう呼んで欲しくないと思っている」
「ひえ……」
「いいにくいか?」
と、フィーバス卿は一応聞いてくる。
確かに、私も、ステラ・フィーバスになる訳だし、このいい方はあれなのかも知れない。ならば、なんて呼べばいいのか。
「フィーバス辺境伯様」
「やめろ。それも違うだろう」
「フランツ様」
「お前は、メイドか何かか」
「フランツ・フィーバス」
「フルネームを呼べということじゃない」
じゃあ、なんて呼べば? と、私がフィーバス卿を見れば、フィーバス卿は、さっきよりも圧の強めの顔で私を見ると、かたまった表情筋のまま口を開いた。
「パパ、とかどうだ」
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