ある日の夜。スマホが2度、ポケットの中で震えた。手に取り、確認する。そこには…
僕の推し『桃くん』のアイコン画像が添えられたYouTubeのサムネ。目に映った動画のタグには”炎上”の2文字が並べられている。その瞬間、嫌な予感が頭をよぎった。
昨日の動画のコメント欄…少しざわめいていた。理由は桃くんのアンチに対しての返事の返し方。でもそれってアンチをするのが悪いじゃん。なんでSNSはアンチを味方するのだろうか。何故そこまでして炎上させて視聴数を稼ぐのだろうか。そんな暇があるなら人を愉快な気分にさせる動画のネタでも考えろよクズ。なんでそこまで人をネタにするのか意味が分からない。なんなんだろう。負の感情が湧いてくる。でも、その動画の配信画面をタップし、見てみる。桃くん本人がわざわざクズの為に動画に出て、『申し訳ございませんでした。』って謝ってるのに視聴者は桃くんに不快なコメを浴びせる。ネットはこんなにも怖いものだったのかと改めて考えさせられる。だが、世にはこんな風に人をネタにし、視聴者から同情を得て背徳感を得るクズもいるんだと、同時に考えさせられる。結局、この配信は3時間以上にわたる大事になってしまった。その配信後はネットで桃くんに対する批判の声が殺到しだした。僕みたいなオタクには気もくれず、自分たちの意見をネットにストーリーとしてあげ、自分らが正しいんだと主張する。嫌なのに、こんなにも嫌なのに、、、なぜスクロールしてしまうのだろう、、、見たくないよ…推しが炎上するのはこんなにも辛いのか…これまでもよく炎上している人たちを見てきたが……こういう事を言われているのに推すのを辞めなかった子達をほんとに尊敬する。そんなふうにネッ友に愚痴を呟きながら、僕の意識は闇に堕ちた。
次の日、ニュースを見てみると、案の定桃くんが取り上げられていた。テレビの奴らまでもアンチを味方するのか…アンチをする方がおかしいのに…なんで…なんで…
桃くんはなんにもおかしいことしてないじゃん…!!!!!!
僕はその日学校に行く気力がなく、体調不良を偽り学校を休んだ。家族が仕事などの用事に出掛けたあと、僕は𝕏(Twitter)などのSNSで桃くんのアンチと戦っていた。
『桃くん何にもしてなくない?』
「でも炎上してるってことは何かしてるって事じゃん?」
『何かしたっていう証拠をお前らは持ってんの?』
「証拠とかよりさ、」
『証拠もないくせにアンチ偽ってんのダサww』
「は?」
「オタクはそうやって推しが何をしても推しの味方するよなw」
『当たり前じゃん』
『推しだから』
こうやって僕一人がネットで戦っても、ネットの世界は広い。それを僕一人で片付けるなんて無理な話だ。でも、それでも、僕は桃くんは悪くないと主張したい。だって、アンチが悪いんだもん。アンチをするからこんな風に問題が起きるんだ。本当に頭が悪い。アンチをすることに問題があるんだろうが。でも、世間は僕の意見なんかに耳を貸してくれない。頭のおかしい奴らの味方をする。僕たちオタクには耳を貸さず、おかしいことを取り上げる。なんでこんな世の中になってしまったのだろう。おかしいことはおかしいと言いなさいなんて…おかしいと言わせなくしてんのはお前らだろ…!!!!!!ネッ友に一方的に愚痴を呟いていると、気づけば3時半。朝ごはんも、昼ごはんも食べずに過ごしていた。でも2食も抜かしたのに、お腹が空かない。お腹が空くまで、桃くんの動画を漁ろう。チャンネルアイコンをタップする。すると最新動画が上がっていた。『謝罪とこれからについて』。続けるのかな…続けて欲しい。
『これからは活動を続けつつ、問題的な発言を気をつけようと思います。』
別に桃くんは悪いことしてないよ。なんで桃くんがクズの為に気をつけなきゃいけないの…?意味わかんない。ほんと最悪。そういうとこも好きだったのに…アンチのせいで桃くんのいいとこなくなっちゃうじゃんか…なんなの…ほんとさ?アンチなんて嫌いだ。人の楽しかった時間全部無くしてしまう。僕は桃くんの動画に湧くアンチを1人ずつ撃退していく。夜が明けるまで。ずっとネットに体を浸す。次の日の早朝からも、アンチとバトる。さすがに三徹目はそろそろきつい。ご飯も1食しか食べてない。母からも心配されてる…
でも、推しのためだから。推しが悲しむから。推しの人生に邪魔をする奴は…僕が消さなきゃ。
『あッ…れ…ッ』
僕…何徹目だろ…ご飯もまともに食べてないし…学校もまともに行けてないや…お母さんも、お兄ちゃんの黄くんも、弟の赤くんも、皆が僕を心配するの。僕…そんなに酷い??
「ねぇ?靑?」
「そろそろ病院行こう?」
『…?』
病院…
病院…ッッ!!!
『いや、ッ!!』
『病院に行ったら桃くん守れないじゃん!!!』
ܰ 靑にぃちゃん…ッ?おかしいよ…? ܱ
【病院行きましょ…ッッ?】
『大丈夫だから!!』
結局、僕は精神錯乱を起こしているとされ、救急隊員に抑え込まれ、病棟に運ばれた。
その後は回復をし始めたので一時退院した。でも、また推しが見れる幸せに浸って、精神錯乱をぶり返して、浸って、またぶり返して。その繰り返しで、結局僕は精神病棟で暮らすことになってしまった。
『ゔ…あ…っ』
『桃く…っ』
こんな人生嫌だ。僕をこの推し活が出来ず、貢ぐこともできない地獄から開放してください。
5月29日。その日、精神病棟の部屋の中で、自ら僕は灯火を吹き消した。僕が16歳の誕生日で、家族みんなで旅行に行く約束をしていた日だった。
コメント
2件
普通に泣きそうなんですけど…😭