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#追放
13,434
セントクララ。
ケルパ王国の中央に位置するこの街には、王国軍三千が駐留していた。
一方、革命軍は南東の山脈沿いに展開し、
密林と山道を利用したゲリラ戦を繰り広げている。
王国軍は街道を押さえ、革命軍は山に潜む。
戦線は動かぬまま、血だけが流れ続けていた。
その街の近くに、フローレンスの医療団はいた。
フローレンスは、相変わらず朝から晩までシーツと包帯を洗っていた。
血の染みた布を水に浸し、石鹸でこすり、また干す。
それが終われば、また次の包帯が運ばれてくる。
「……きりがありませんね」
それでも、彼女は手を止めなかった。
一方のエレンは、医療団に盗みに入る盗賊を退治していた。
ただし、問題があった。
怪我をさせると、フローレンスが怒るのである。
「盗みに来た連中を、無傷で追い払えと?」
エレンは腕を組み、真剣に悩んでいた。
斬れば怒られる。
殴っても怒られる。
骨を折れば、たぶん一週間は口をきいてもらえない。
「……はて、どうしたものかな」
彼女は、剣の柄に手を置いたまま、今日も盗賊の退治方法を思案していた。
そんな中――
ひとりの男が、医療団に出入りするようになった。
革命軍の兵士だった。
最初は警戒されたが、いつの間にか誰も止めなくなっていた。
理由は単純だった。
男は、医術の心得があるらしかった。
「その止血は縛りすぎだ。壊死する」
「熱がある、感染しているな。水を多めに」
淡々と、だが的確に指示を出す。
その言葉は、時に医療団の者たちよりも現実的だった。
そして、手当てを終えた革命軍の兵士に、男は必ずこう言った。
「世話になった」
短く礼を述べ、金を置いて連れて帰る。
フローレンスがそれを受け取らなかったときは――
次から、何も言わずに食料が置かれるようになった。
干し肉。パン。ときには果物まで。
「……律儀な人ですね」
エレンは、その男を目で追いながら、ぽつりと呟いた。
陽に焼けた肌に、整った顔立ち。
どこか余裕のある立ち振る舞い。
戦場にいるとは思えないほど、柔らかな空気をまとっている。
(……悪くない)
ほんの少し、胸がざわつく。
そのときだった。
「……喘息が苦しそうです」
背後から、フローレンスの声がした。
「は?」
エレンが振り向く。
フローレンスは、桶の水を替えながら、淡々と言葉を続けた。
「呼吸が浅いです。胸の動きも不自然ですし、時折咳も出ています」
まるで、恋心とは無縁の観察だった。
「……そこ見てたのかよ」
エレンは呆れたように息をつく。
フローレンスは首をかしげる。
「他に、何を見るんですか?」
ある日――
その男が、ひとりの兵士を連れてきた。
「こいつ、王国軍だ」
さらりと言う。
エレンが思わず眉をひそめた。
「……は?」
「治療は済んでる。あとは様子を見て、街に返してやってくれ」
まるで当然のように言う男に、エレンは戸惑う。
敵だぞ、と言いかけたそのとき――
「頼むよ、恩に着る」
男は、屈託のない笑顔でそう言った。
その笑顔に、エレンの思考は一瞬で止まる。
(……タイプだ)
完全に落ちていた。
そのとき。
ばしゃり、と水音がして――
「あなた、そこに座りなさい」
フローレンスが駆けてきた。
洗濯の途中だったのか、袖を濡らしたまま、まっすぐ男を見ている。
「え?」
「動かないでください」
有無を言わせぬ声だった。
男が苦笑しながら腰を下ろす。
よく見ると――後ろ腰のあたりから、新しい血が滲んでいた。
「……気づいてなかったのか」
エレンが呆れたように言う。
「まあな」
男は肩をすくめる。
フローレンスはすでに手を動かしていた。
布を外し、傷口を確かめ、迷いなく処置に入る。
その手つきは、静かで、速い。
「あなた、名前は?」
「エルネスト」
「医者ですか?」
「軍医だ」
「敵の治療はできるのに、自分の腰は治療できないんですか?」
淡々とした問いだった。
エルネストは、少しだけ笑った。
「そりゃ後ろに目はないからなあ」
軽い口調だった。
その横で――
「エルネストっていうんだあ……」
エレンは、完全に別の世界にいた。
ある日――
フローレンスが、いつものように洗濯をしていると。
「なんで毎日毎日、洗濯をしてるんだい?」
背後から、軽い声がした。
振り返らずに、フローレンスは答える。
「清潔な環境と、適切な処置。それが治癒を早めるからです」
水に浸した布を絞りながら、淡々と。
「なるほどなあ」
エルネストは、どこか感心したようにうなずいた。
「けど、今の俺には――清潔な衣服より、丈夫な靴のほうがありがたい」
「……革命軍の軍医は、戦闘にも参加するのですか?」
フローレンスの手が、わずかに止まる。
「そうだなあ」
エルネストは、少し空を見上げてから言った。
「医療箱か武具箱か、どっちか選べって言われたら――剣と弓を取る」
水音が、ひとつだけ響いた。
「……助けられる命よりも、目的のための殺しに加担するのですか?」
静かな問いだった。
責めるでもなく、ただ確かめるように。
エルネストは、少しだけ考えた。
そして、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「この国は、病んでいる」
視線は、遠くの街へ向けられていた。
「病は貧困だ。怪我じゃねえ――言うなら、栄養失調だな」
フローレンスは口を開きかけて――止めた。
「ならば、栄養を……」
続ける言葉が、自分の中で崩れる。
それができない現実を、彼女は知っている。
エルネストは、小さく笑った。
「そう。だから――食い物を独り占めしてる奴から取り上げて、みんなに配る」
少しだけ間を置く。
「そういう“手術”が必要なんだよ」
フローレンスは、何も言えなかった。
運ばれてくる兵士たちの顔が、脳裏に浮かぶ。
王国軍も、革命軍も――みな同じようにやせ細っていた。
「……でも」
ようやく絞り出す。
「あなたは、敵の兵士も治療するじゃないですか」
エルネストは肩をすくめた。
「それは、フィデロがそうしろって言ったからだ」
軽く言うが、その声は少しだけ柔らいでいた。
「昔は反対だった」
ほんの一瞬、目を伏せる。
「……けど、今は感謝してる」
フィデル
この国の内戦の元凶とされている
革命軍のリーダー
彼の目は今、ここセントクララに向けられていた
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