「なっ!?」
「あ、起きたか」
こつん☆
驚いて息を飲む榊に、ゼロ距離で頭突きを食らわした橋本。自分がしでかしたことを隠すのに、かなり必死だった。
「恭介おまえ、疲れが溜まってるだろ。死んだように寝ていたもんな」
「すみません。橋本さんの運転が気持ちよくて、つい……」
謝罪を口にした後輩の顔を、複雑な心境を抱えながら橋本は眺めた。
目の前の状況を不審に思った榊に、何をしようとしていたのかを訊ねられると思った。それなのにいきなり謝られただけじゃなく、ドライバーとしての腕を褒められてしまったせいで、二の句が継げられない。
榊の頬に触れたてのひらを隠すように、ぎゅっと拳を作る。先ほど触れた感触が少しだけ残っている気がした。
「橋本さん、あの……」
「ほら、さっさと降りろ。早く家に帰って、ゆっくり休めよ」
言いながら、慌てて後部座席のドアを大きく開けて、外に出るように促した。それに従うようにアタッシェケースを手にした榊が、気だるそうに降り立つ。
「あれっ、恭ちゃん!」
ちょっとだけ鼻にかかった、潤いのある声を聞いて、橋本は周囲に視線を飛ばした。視界に入った小柄な男性が、ふたりの前にやって来る。
かけられた声に反応して振り返り、その男性を見た途端に、榊の横顔が甘いものへと変化した。イケメンが台無しになるくらいに、目尻が下がっている様子を見て、橋本の胸をきゅっと絞ったような痛みが走った。
息が詰まりそうになるその痛みで、顔が歪みそうになり、目の前にいるふたりに向かって、繕うようにほほ笑みかける。
橋本の名前の陽(よう)は、祖父が考えて名付けたものだった。周囲を照らす、優しい存在になってほしいという願いが込められた名前だというのを、祖父や両親から耳がタコになるほど聞かされて育った。
陰の感情を隠して、常に陽であり続けることに慣れてしまったゆえに、胸の痛みを感じながらも、ほほ笑むことができる。特に今は、初対面になる榊の知り合いと顔を突き合わせるのだから、愛想良くしなければならない。
「どうしたんだ和臣。こんな時間に外に出るなんて珍しいな」
「コンビニのアイスが食べたくなっちゃったんだ。あの、こちらの方は?」
意味深にほほ笑みかける橋本に、小柄な男性はもじもじしながら榊の影に隠れた。