***
今から五十年以上前、ここにはうちのひい爺さんの家――広大な敷地を誇る、庭付きのでっかい屋敷が立っていたんだ。
ひい爺さんの代まで、うちはこのあたり一帯でかなりの権力を持ったお医者様だったらしくてさ、代々魔法使いの家系だったってこともあるみたいなんだけど、医学と魔法の両方を使ってたくさんの病人や怪我人を治していたんだ。
戦前なんて、それはもう全国的にも有名なお医者様だったらしくてね、わざわざ海外から治療を受けに来る患者さんなんかも居たらしい。
特にひい爺さんは魔法による治療に長けていたらしくて、若い頃から色々と研究をしていたらしくて、それはもう大量の研究書やノートを残してるんだ。そう、この本もその中の一冊だ。
とにかくひい爺さんの魔法と医療にかける情熱はすごかった。
すごかったんだけど、まぁ、どうやら魔法ってのは、やる気を出せば出すほど失敗する確率が上がるみたいで、ひい爺さんも随分それに悩まされたらしい。
「あ、なんかこれできそう」
そう思ってぱっとやった魔法は成功するのに、
「よし、こんな魔法を作ってみよう」
って一生懸命に研究や実験しても、全然うまくいかなかった、なんてことも多かった。
そんな感じで成功する魔法、失敗した魔法、あれやこれやを書き記していったのが楸さんの言う魔術書、つまりこの研究書なわけ。
まぁ、魔法使いに多いらしいけど、うちの爺さんも大概適当でさ。ジャンル分けして読み易くしてくれてれば良かったのに、何でもかんでも思いついた順番に書いていくものだから、ほら見て、借り腹とか、腕の接合とか、そうかと思えば汚れた水の浄水魔法とか、どうかしたら美味しい煮物が出来る魔法薬とかもあって、突然ジャンルが変わって読み辛くなってるでしょ? まぁ、こんな本がうちには山のように残されてたんだよね。
……まぁ、それも先日、うちの両親によって大量に売っぱらわれたわけなんだけど。
あ、ごめん、話が逸れたね。
んで、まぁ、そこまでは良かったんだ。
ところが戦後だよ。
ひい爺さんが老衰で引退して、爺さんがその跡を継ぐことになった。
だけど、爺さんには代々受け継がれてきた魔法使いの力が全くなかったんだ。
突然失われたって言って良い。
本当に、どんな魔法も使えなかったんだ。
これはうちの親父も一緒でさ、全然、全く少しの魔法すら使えないんだ。
多分、それが原因だったんだと思う。
途端に病院の評判はがた落ちして、患者さんも来なくなってしまったんだ。
これがまた爺さんの方にも問題があってさ、甘やかされて育ったって訳じゃないんだけど、何の苦労もなく育ったせいでろくに医学の勉強もしなかったからか、言ってしまえば絵に描いたようなヤブ医者になっちゃったんだって。
まぁ、これは爺さん自身が笑いながら言ってたんだけど。
で結局、屋敷やそこで働いていたお手伝いさんや看護婦さんたちの給料も払えなくなって、あれよあれよといううちに財産は底を突いてしまったんだ。
もともと贅沢ばかりしてたのを、突然辞められなかったってのもあるみたいだけど。
で、結果的に土地も屋敷も手放すことになった。
そんなとき、もうほとんど寝たきりになって瀕死の状態だったひい爺さんは思ったんだ。
魔法の使えない息子や孫のために、せめて最後に残ったこの魔力をなんとか残せないものかってね。
そこでひい爺さんは、とんでもない方法で子孫に魔力――数回だけ魔法が使えるような力を、利き腕に込めて――切り落としたんだ。
***
「き、切り落とした?」
「なんですかそれ、スプラッタ?」
僕も真帆も、思わず目を丸くして口にした。
「まぁ、驚くよね」
と榎先輩も苦笑しつつ、
「けど、その腕も屋敷を引き払う直前に、家人の手によって地面に埋められちゃったらしくてさ」
「なんでですか? そんな面白そうなもの」
「えぇっ!?」
若干悔しそうに言う真帆の神経が僕にはわからない。
「だって」
と榎先輩はため息を一つ吐いて、
「切り落とした腕なんて、ただ気味が悪いだけじゃない」
……そりゃそうだ。
いくらこれには魔法の力が宿っています、なんて言われても切り落とした腕なんだろ?
そんなもの、僕だってさっさと手放しただろうな。
でも、と僕は榎先輩に視線をやりながら、
「榎先輩は、その腕を探しているんですよね?」
「そう」
こくりと先輩は頷いて、
「地力を集めたのは、それによって腕が何らかの反応を示すんじゃないかって期待したからなんだけど――結局駄目だった。何の反応もなし」
「じゃぁ、今も、この学校の敷地のどこかに、ひいお爺さんの腕が埋まっている……?」
「たぶんね」
「先輩は、その腕を使って何をするつもりなんです?」
訊ねると、榎先輩は眉間にしわを寄せながら、
「――なに? そんなことまで言わないといけないわけ?」
「あ、いや、それは……」
その邪険な物言いに、思わず言い淀んでしまう僕。
だって、何か良からぬことを企んでたりなんかしたら、と思うと……
すると突然、
「そうですよ!」
と真帆は言って僕に顔を向け、
「榎先輩が何をしようが、そんなの榎先輩の勝手じゃないですか! 女の子にプライベートな質問するなんて、どうかと思いますよ?」
榎先輩の肩を持つように僕を責め始めた。
「え? そ、そう……?」
そんなこと言われたら、もうこれ以上は何も訊けないじゃないか――
榎先輩は意外そうな顔を真帆に向けていたが、やおらニヤリと笑みを浮かべると、
「――あのさ、取引しない?」
「取引?」
と真帆は首を傾げる。
「あたしが欲しいのはさ、ひい爺さんの腕なわけだ」
「はい」
「あんたが欲しいのは、この魔術書なんでしょ?」
「そうですね」
その返事に満足したように、榎先輩は、
「もし腕が手に入ったら、この魔術書は真帆、あんたにあげる」
なんか勝手なことを言い出しやがった!
「ちょ、ちょっと待ってよ! それ、うちの両親が買った本――」
なんて最後まで言わせてもらえるはずもなくて。
「えっ! 本当ですかっ?」
途端に真帆の目に光が宿る。
榎先輩はそんな真帆の反応に笑いながら、
「その代わり、ひい爺さんの腕を探すの、手伝ってくれない?」
「はい、よろこんで!」
先ほどまでの先輩への怒りなんてどこへやら、真帆は満面の笑みで、頷いた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!