西国分寺で下車した恵菜は、ようやく安堵のため息をつき、自宅へ足を向けた。
頭の中が、今も呆然としている。
今年に入ってから、勇人を始め、彼の母、そして不倫相手の後輩女子に詰め寄られ、恵菜の心は悲鳴を上げていた。
止(とど)め、とも言うべきなのか、理穂から恵菜の存在自体を否定される事を言われ、今でも胸の奥がジクジクと痛い。
あの角を曲がれば、家に着く。
(やっと気持ちが休まる……)
安心し切った恵菜が角を曲がると、自宅の前には、見覚えのある黒いステーションワゴンが、ハザードランプを点滅させていた。
車のすぐ横には、仕事着を着た勇人が彼女の実家を見上げている。
(何で!? また早瀬が張ってるの!? もう本当に嫌……!!)
恵菜は、心身ともに疲弊した状態で踵を返したけど、足が縺れて転びそうになり、何とか体勢を立て直す。
ふと、実家の近所に住んでいる親友、奈美が『何かあったらうちにおいで』と言ってくれた事を思い出し、恵菜は本橋家へ向かう事にした。
十分ほどで到着した奈美の自宅だったけど、ガレージには白のSUV車がない。
恵菜はメッセージアプリを立ち上げ、奈美に『早瀬が今日も自宅前で待ち伏せしている』と送信すると、すぐに既読が付いた。
『恵菜、本当にごめん! 私の伯父が亡くなって、今、豪さんと一緒に伯父の家に向かってるの。恵菜、本当に気を付けてね』
親戚が亡くなったのなら、これはもう仕方のない事だ。
恵菜は『分かった。ありがとう』と返事を打ち、ひとまず西国分寺駅へ足を運んだ。
(後輩の女に会って酷い事を言われたと思ったら、今度は早瀬が家の前にいるなんて……!!)
まさか、こんな八方塞がりの状態になるなんて、思いもしなかった。
恵菜は、魂が抜けたような状態で、改札の中に入り、中央線の上りホームへ向かう。
階段を下りてすぐに、東京行きの電車がホームへ滑り込んできた。
電車に乗った途端、かつての姑と理穂に言われた事や、自宅に勇人が張っていた事を思い出し、恵菜の視界が歪む。
(もう…………無……理……。心が……折れそ……う……)
恵菜は、自分は本当に調子のいい女だ、と責めつつ、スマホのメッセージアプリを立ち上げた。
『谷岡さん』
指先が震えて、上手く文字が打てず、恵菜は文章の続きを打つはずが、操作ミスで送信ボタンをタップしてしまった。
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