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海の紅月くらげさん
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もうどのくらいの時間が経ったのかわからない。
砂利を踏む音。ゆらりと落ちる人影。見上げると少し息の上がった私服姿の彼がいた。
「ましろ」
名前を呼ばれて鼓動が速くなる。お風呂上がりなのか、薄茶色の髪が学校で見るよりもぺちゃんこで毛先が少し跳ねている。
薄手の黒のVネックの服をラフに着こなしていて、いつもよりも大人びて見えた。
「あ、ゆむ……くん」
「ん?」
夢を見ているようだった。本当に来てくれるのか、どこか半信半疑だった。
「ほんもの?」
「何言ってんだよ、馬鹿」
目を細めて顔をくしゃっとさせる太陽みたいな明るい笑顔。ああ、いつもの歩くんだ。
歩くんが本当に迎えにきてくれたんだ。
「歩くん……」
「ん?」
ぽろりと涙が零れ落ちた。
歩くんが来てくれて安心している自分がいて、凄く嬉しい気持ちになる。
「ま、ましろ……え、な、泣いて……」
「ごめ……っ、困らせて」
あたふたしている歩くんに鼻をすすりながら頭を下げる。
「歩くんの前でばっかり泣いちゃって……ごめんね」
髪を切られた時もそうだった。私が泣き止むまで歩くんは傍にいてくれた。情けないところばっかり見せちゃってる。
「いいんだよ。そういうの気にすんな」
歩くんはベンチの前にしゃがみ込むと私の顔を覗き込んできた。
「泣きたい時は、泣いていいよ」
「……っ」
「俺、ましろに頼ってもらいたい」
照れくさそうに少し頬を染めて微笑む歩くん。
必死に止めようとしていた涙が止めどなく溢れ出てきた。
それをそっと歩くんの指先が拭ってくれる。
「あ、ゆ……むくん……」
「ん」
「あり、がと……」
歩くんの手によって頭を引き寄せられるとコツン、とおでことおでこが当たる。
「気が済むまでいっぱい泣け。傍にいるから」
「……っ、ひっ……く」
しゃくり上げるようにして泣いている私の頭を歩くんが優しく撫でてくれる。
私が困ったとき、こうやっていつも助けてくれるのは歩くんだ。
縋りついちゃいけないって思っていたはずなのに、気づけば腕を伸ばし彼の胸の中で泣いていた。
優しく抱きしめられて、ぼろぼろになった心が少しずつ癒えていく。
少しして私の涙が止まると私たちはベンチに並んで座り、夜空を二人して眺めていた。初夏の夜風は、ほんの少し冷たい。
「歩くん、どうして電話くれたの?」
歩くんとの電話の内容を車が邪魔をして聞けなかったことがずっと引っかかっていた。何の話だったんだろう。
「あー……」
歯切れの悪い歩くんの反応。
何故だか言いにくそう。どうしたんだろう。
「何かあったの?」
「い、いや ……なんつーか……」
「どうしたの?」
「う、っ……だから、その……」
心配になり顔を覗き込もうとすると、すぐに逸らされてしまった。
「潤と、デート……したんだろ」
「え、うん」
潤との放課後デートのこと、歩くんも知っていたんだ。
「気になって電話しただけ!それだけ!」
「そっか」
「……うん」
そう言った歩くんの耳は真っ赤だった。きっと王子候補の件で、潤が動いたとわかり焦ったのだろう。
「そういえば、よくわかったね。公園の場所」
「おー、ここなー。中学の頃さ、練習試合でこの付近来てたからな。青橋中学ってあんだろ?そこに行くとき通ってたんだよ」
「スポーツ、やってたの?」
初耳だった。王子候補のみんなは高校では部活に入っていないみたいだったし、中学時代の話とかも一切聞いたことがない。
「バスケ部だったんだよ、俺」
「わ、似合う!」
歩くんがバスケしている姿が容易に想像できる。すごく似合いそう。
「なんだよ、それ」
顔をくしゃっとさせて歩くんが笑う。
眩しいくらいの可愛らしい笑顔につられて私も自然と笑顔になった。
「あ、笑った」
「え……」
「俺、その顔も好き」
心臓の鼓動が速度を増していく。
ドクンドクンと騒がしいくらい暴れている。
「あ、いやその……深い意味じゃ……っ」
「わ、私泣いたあとで酷い顔してるから見ちゃダメ」
両腕で顔を急いで覆う。
「なんでだよ?」
「だ、だって……絶対今変な顔になってる。泣いた後だし……」
ブロックしていた両腕は歩くんの力によって簡単に壊されてしまった。
……ああ、悲惨な顔をまた晒してしまう。
すると、何故だか突然歩くんが俯いた。まだ耳が赤いのはどうしてだろう。
「泣いたましろも、 か……わい、い……けど」
「なっ、なに言って……!」
歩くんは首まで真っ赤だ。きっと私の顔も同じくらい赤い。
「あ、いや、でもっ泣き顔、絶対他のやつの前では見せるなよ!」
「やっぱり酷いよね」
さっきのは歩くんなりの優しいフォローだったのかな。
そりゃ酷いよね。泣き顔もそのあとの腫れた顔も。
「もーいい! 馬鹿!」
「え、なんで私が馬鹿なの!?」
「……バーカ」
よくわからないけれど真っ赤なままの歩くんに『バカ』を連呼された。なにか気に障ること言ったかな。
……不思議。歩くんとこうして話していると嫌なことを忘れられた。あんなに苦しかったのに。
でも、目を逸らすのはダメだ。現実逃避はここでおしまい。
「あのね、歩くん」
「ん?どうした?」
少し迷っていたけれど、話そう。聞いてほしい。誰かに話したい。私の本心を。
きっと彼なら聞いてくれる。
私の家の人達のこと、今日あった出来事を。
「聞いてほしいことがあるの」