テラーノベル
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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第13話:止まらないギフト と、届き始める貢ぎ物
ハリウッドのトップ女優、シャーロット・エヴァンスの拡散から数日。
限界社畜から逃亡し、ひっそりと田舎でスローライフを送るはずだった俺の計画は、もはや完全に、そして決定的に崩壊していた。
「……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅう……」
縁側に座り、スマートフォンに表示された銀行アプリの口座残高画面を見つめる。
並んでいる数字の桁が、俺の知っている一般的な日本円のそれではない。パッと見、何かの電話番号か、あるいはエクセルで適当に打ち込んだ乱数にしか見えない。
「……見なかったことにしよう」
そっとアプリを閉じ、俺はスマホを畳の上に伏せた。
【日常チャンネル】の登録者数は、あれよあれよという間に250万人を突破。世界中の視聴者がシロの『癒やし(神聖)オーラ』の中毒になり、毎回の配信で飛び交うMeTubeギフトの総額は、もはや個人が受け取っていい次元を軽く超えていた。
「まぁ、お金があるに越したことはないが……俺はただ、のんびりしたいだけなんだけどな」
ぼやきながら、冷たいお茶を啜る。
隣では、当の元凶である真っ白な毛玉――シロが、俺の作った特製キャットタワーの最上段で、へそ天の無防備な姿で熟睡していた。
今日もシロの体からは、キラキラとした真珠色のマイナスイオンが物理的に漏れ出しており、古い古民家の空気をアルプスの山頂以上に清浄化してくれている。
最高に気分がいい。口座のバグすら「まあいっか」で済ませられるほどの圧倒的なストレスフリー空間だ。
その平和な静寂を破るように、家の前の砂利道から、けたたましい車のエンジン音が聞こえてきた。
「ごめんくださーい! 宅配便でーす!!」
「はーい」
いつもの配達員のおじさんだろうと思い、俺は縁側から立ち上がって玄関へと向かった。
しかし、引き戸を開けた俺の目に飛び込んできたのは、予想を遥かに超える光景だった。
「お、お兄さん……なんか、とんでもないことになってるべさ……!」
顔面を汗だくにした配達員のおじさんの後ろに停まっていたのは、いつもの小型トラックではない。
2トントラックが、なんと『3台』も連なって路肩に停車していたのだ。
「え……これ、全部うちの荷物ですか?」
「そうなんだわ! 宛名が全部『日常チャンネル・シロ様』か『シロの下僕様』になっててよ! 営業所の倉庫がパンクしちまったから、他のルート回る車まで総動員して持ってきたんだわ!」
「シロの下僕様って……俺のことか」
小春ちゃんが気を利かせてチャンネル概要欄に設定してくれた『匿名配送用サービス』宛てなのだが、どうやらVIPたちは財力と権力に物を言わせ、本来なら匿名で送れないはずの大型家電や生鮮食品まで強引にねじ込んできたらしい。恐るべし。
俺は遠い目をしながら、次々と運び込まれてくる大量の段ボール箱の山を呆然と見送った。
◇
「お兄さーーん! 遊びに来まし……って、えええええええっ!?」
夕方。学校が終わるや否や猛ダッシュでやってきた小春ちゃんが、玄関を開けた瞬間に絶叫した。
それもそのはず。広々としていたはずの六畳間の和室が、天井まで届きそうな段ボール箱のタワーで完全に埋め尽くされていたからだ。
「これ、全部どうしたんですか!? お兄さん、ついにMeTubeギフトでおかしくなって爆買いを……!」
「違う。全部、海外の視聴者からの『貢ぎ物(プレゼント)』だ。さっき配達員のおじさんが泣きながら運んでいった」
「み、貢ぎ物……!?」
俺と小春ちゃんは顔を見合わせ、とりあえずカメラの配信枠(タイトル:開封の儀)を立ち上げてから、手前の箱から開けていくことにした。
「えーっと、まずはこの小さなクール便の箱からですね! ……ヒッ!?」
箱を開けた小春ちゃんが、変な声を出して固まった。
「どうした?」
「お、お兄さん……これ、猫用の缶詰なんですけど……パッケージが金ピカです。『地中海産天然クロマグロの最高級大トロ・キャビア添え(完全無添加)』って書いてあります……お値段、ネットで調べたら、ひと缶一万円……!」
「猫の飯が一食一万……?」
俺がブラック企業時代、給料日前に啜っていたモヤシ炒め(原価30円)の何日分だ?
箱の中には、それが50缶ほどギッシリと詰まっていた。ご丁寧に、英語でメッセージカードまで添えられている。
『美しい天使に、世界一の食事を。スイスの銀行家より』
『銀行家キターーーーーー!!!』
『シロ様、ついにスイスマネーも動かす』
『一缶一万円のキャットフードwww 俺の3日分の食費より高いwww』
『主の飯より豪華で草』
コメント欄が爆笑の渦に包まれる中、俺たちは次々と箱を開けていった。
「お兄さん! こっちの細長い箱、ペルシャ絨毯です! 『シロ様のお昼寝用に。ドバイより愛を込めて』って……あ、いつも赤枠の高額ギフトを投げてくれる石油王さんだ!」
「こっちのバカでかい箱はなんだ……? うお、最新型の100インチ8Kスマートテレビ? メッセージは……『日本の古い家は風情があるけど、不便でしょ? 私の映画はこれで高画質で見てね。シャーロットより』」
「ハリウッド女優から家電が届いたぁぁぁっ!?」
出てくるわ出てくるわ、常識外れの高級品の数々。
超静音設計の最新型ダイソン、空気清浄機、シロ専用の高級ベッド(人間用より高価)。
さらに、なぜか『人間用』の荷物も大量に届いていた。
「……なぁ、小春ちゃん。この木箱、どう見てもA5ランクの松阪牛のブロック肉と、白トリュフなんだけど」
「あ、こっちのメッセージカードには『神獣(シロ)を世話する下僕(主)が、栄養失調で倒れては困る。しっかり食べて長生きしろ。ウォール街の投資家より』って書いてあります!」
「俺、世界中のセレブから『シロの飼育員』として健康管理され始めてないか?」
『下僕の健康管理wwwwwww』
『そりゃシロ様を守るための最重要インフラだからな主は』
『投資家「主が倒れると我々の癒やしがストップする。投資だ」』
『シロ様のついでにセレブ化していく元社畜』
気がつけば、築数十年のボロボロの古民家の和室に、数百万円のペルシャ絨毯が敷き詰められ、その上に100インチの巨大テレビが鎮座し、隣には最新型の空気清浄機が稼働するという、とんでもないサイバーパンク空間が完成していた。
「よし。じゃあ今日の夕飯は、世界中のセレブに感謝しつつ、豪勢にいこうか」
俺は立ち上がり、台所へ向かった。
人間用には、ウォール街から届いた松阪牛の極厚ステーキに、魔法の畑で収穫してある『超絶美味いラディッシュ』のサラダ。そして白トリュフを削って乗せる。
シロ用には、スイスから届いた一万円の『大トロ&キャビア缶』だ。
ジュワァァァァッ! と、最高級の和牛が焼ける暴力的な匂いが、北の空気に満ちていく。
「お待たせ。シロ、ご飯だぞ」
俺が金ピカの缶詰をお皿に開けてペルシャ絨毯の上に置くと。
『ニャーーーーン!!』
匂いを嗅ぎつけたシロが、キャットタワーから文字通り『飛んで(※物理的に空中をホバリングして)』降りてきた。
「ふふっ、シロちゃん、目がキラキラしてる!」
小春ちゃんがジンバルでカメラを構えながら、嬉しそうに笑う。
シロは一万円の大トロに顔を突っ込み、一心不乱に食べ始めた。
よほど美味しかったのだろう。シロの純白の毛並みから、かつてないほど強烈な『ピカァァァッ!』という神聖な光が放たれた。物理発光である。
『光ったあああああああああああ!!!』
『美味すぎて発光する猫wwwww』
『あぁ……画面越しの光だけで、俺の眼精疲労が完全に消え去った……』
『スイスの銀行家GJすぎる!!!』
『(スイスの銀行家からの¥50,000ギフト)=”Beautiful!! I will send 100 more boxes!!“(美しい!! 追加で100箱送ろう!!)』
『まだ送るのかよ!!! 営業所が壊滅するぞ!!!』
チャット欄の同接は、軽々と40万人を突破していた。
俺も、小春ちゃんと並んで松阪牛のステーキを口に運んだ。
「……っ、うまっ……なんだこれ、歯がいらないぞ……!」
「ほっぺた落ちそうですぅ……! 私、生きててよかったです……!」
口の中で一瞬にしてとろける極上の脂の甘みと、魔法の畑で育った野菜の瑞々しさが、脳髄を直接ぶん殴ってくるような美味さだった。
ブラック企業時代、深夜のデスクで冷めきったコンビニのカップ麺を啜りながら、「俺の人生、このままで終わるのかな」と絶望していた数週間前の自分に教えてやりたい。
お前、限界になって田舎に逃げたら、謎の光る猫を拾って、ドバイの石油王やらハリウッド女優から貢ぎ物が届くようになって、毎日最高級の和牛を食うようになるぞ、と。
「……悪くない人生だな」
食後。
総額ウン百万円のペルシャ絨毯の上で、一万円の缶詰を平らげて満足そうにヘソ天で眠るシロ。
そのふかふかのお腹に顔を埋めながら、俺は極上のマイナスイオンを全身で吸い込んだ。
世界中を巻き込んだ騒動の中心にいるというのに、俺たちの『日常』は、どこまでも能天気で、圧倒的にストレスフリーだった。
この奇妙で最高なスローライフは、まだまだ終わる気配がない。
コメント
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第13話、読み終えました!もうね、シロちゃんの一万円キャットフードにペルシャ絨毯、100インチテレビ…次々届く貢ぎ物のチョイスがVIPすぎて笑っちゃいました😂 特に「シロの下僕様」として主人公の健康管理までされる流れ、最高でした。元社畜が世界中のセレブに飼育員扱いされるギャップがたまらないです。シロちゃんが美味しさで発光するシーン、うちの編集部でも話題になりそうなくらい絵面が鮮やかでした✨