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家に戻った瞬間、
空気が変わったのが分かった。
重い。
音がないのに、圧がある。
父親は、何も言わなかった。
それが、いちばん怖い。
「……来い」
短い声。
拒否する理由を、
すちはもう持っていなかった。
部屋は、いつもと同じだった。
なのに、
時間の流れだけが、違った。
時計を見ることを、途中でやめた。
見ても意味がないから。
父親は、
すちを人として見ていない目をしていた。
「反応が鈍いな」
「やっぱり、感情が邪魔か」
独り言みたいに、
でも、確実にすちに向けた言葉。
すちは、
歯を食いしばるしかなかった。
泣いたら、
「面倒だ」と言われる。
声を出したら、
「失敗作」と言われる。
だから――
何も言わないを選ぶ。
どれくらい、経ったのか分からない。
体は、重くて、
頭は、遠くて。
(……終わらない)
その考えだけが、
何度も浮かぶ。
「まだだ」
父親の声が、
時間を引き延ばす。
すちは、
自分が物みたいだと思った。
役に立つか、
立たないか。
それだけ。
終わったとき、
父親は、興味を失ったみたいに言った。
「片付けておけ」
それだけ。
謝罪も、説明も、ない。
すちは、
その場に、しばらく動けずにいた。
腕や、足に残る感覚。
でも、見ない。
見ると、
自分が壊れそうだったから。
夜。
布団の中で、
すちは、天井を見ていた。
(……学校)
行けば、
また言われる。
行かなければ、
もっと何かされる。
逃げ場がない、
という事実だけが、はっきりしていた。
「……俺なんて」
小さく、声が漏れた。
必要とされたい、
なんて思うのが、間違いだったんじゃないか。
そう考え始める自分が、
いちばん怖かった。
翌朝。
何事もなかったように、
家は動いていた。
父親は、
すちを見もしない。
それが、
「次はないぞ」という合図だと、分かる。
すちは、
制服に袖を通しながら思った。
(……助けて、って)
言えなかった。
言っても、
届かないと思っていた。
でも――
保健室で見た、
みことの目が、ふと浮かぶ。
否定しなかった目。
「謝ることじゃない」と、
言い切った声。
それを思い出してしまったことに、
すちは、少しだけ混乱した。
(……期待、してる?)
自分が?
その考えを、
すちは、慌てて振り払った。
期待は、
裏切られるものだから。
静かに、
限界は、近づいていた。