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──足がもつれそうになりながらも廊下を走っていた背中が、突然に、
「夏目さん!」
誰かの声に呼び止められた。
あの教師の声とは違うことがわかって、ゆっくりと振り向く。
そこにいたのは──「三日月…先生……」だった。
メガネの奥のやさしげにも見える眼差しに、泣いてしまいそうになる。
「夏目さん…」
もう一度呼びかけて、三日月先生がツカツカと靴音を響かせてそばへ歩いてくる。
泣くのをなんとかこらえ、廊下に立ちすくむ私の前まで、ゆっくりとやって来ると、
「……ネクタイが、曲がっていますよ」
そう言って、薄く微笑んで見せた。
「あ……」
ギュッと握っていた薄布から手を離すと、
「私が、結んであげましょう……」
しわくちゃにひん曲がったリボンタイが手に取られた。
ただ結び直すだけの間が、ひどく長くも感じられて、私に何があったのかを、その人は既に察しているような気もした。
「はい…結べましたよ」
「あ…ありがとうございます」
小さくお礼を口に出す。
「いいえ…かまわないですので」
低く物静かな口調で話すと、
「……流星先生のことは、誤解しないであげてください。
彼は、ただ不器用なだけですから……」
ふと、そう諭すようにも告げてきた。
「え……」
驚きにぽかんと口を開ける私に、再び薄っすらと微笑んで、
「では、これで……」
そのまま三日月先生は踵を返し、元来た廊下を去って行ってしまった。