『不器用なだけ』って、そんなわけもないように感じる。
あんな迫り方をしたような人が、不器用なわけなんかない。
三日月先生は、その場を見てないから、そんなことが言えるんだと思った。
教室に戻り、うだうだと考えていても仕方ないからと、とっとと帰ろうとして、ふと気づいた。
ノートを忘れてきていた。
もうあそこには戻りたくなかったけれど、取りに行くより他になかった。
私は、重い足取りで化学準備室に向かった。
──ドアの前にたどり着くと、中から話し声が聞こえるようで、足を止めた。
言い合っているような声は意外と大きくて、聞くともなしに耳に入ってきてしまう。
「なんで、してくれないのよ!」
「言っただろ。俺には、そんな気はないって…」
「流星先生に言えば、誰でも構ってくれるって言ってたのに!」
「誰でも? そんなわけないだろ…そんなの、つまんねぇ噂だよ」
「…ねぇ、だってまわりに乗り遅れたくないんだもの。先生……いいでしょ?」
「しねぇよ…。乗り遅れたくないとか、そんなくだらない理由で、俺に誘いをかけてきたりすんなよ」
「何よっ! 流星先生なら、誘えば誰にでも応じるはずって言ってたから、わざわざこっちから来たのにっ!」
「だから、そんなのただの噂だって言ってるだろ!
俺は、好きでもない女に手を出したりなんかしねぇよ!」
「信じらんないっ!!」
中から誰かが走り出てくる気配がして、私はとっさに物陰に身を隠した。
女生徒がひとり、廊下を走って行くのが見えた。
“──好きでもない女に手を出したりなんかしない?”
流星先生の言っていたことが、頭を駆け巡る。
(だったら、さっきのはなんだったのよ……私が、迫られそうになったのはどうして……)
そこまで考えて、『彼は、ただ不器用なだけですから』という、三日月先生の言葉が浮かんだ。
(不器用なだけで、もしかして上手いアプローチとかも苦手だとか……?)
そんなわけないと、自分の考えを振り払っていたさ中に、ドアがガラリと開いたかと思うと、
「……おまえ、いたのかよ」
当の流星先生が、私のノートを持って目の前に立っていた──。
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