「いや、万が一の事も考えて、俺も歩いて相沢さんを送っていく。豪、本橋さん、彼女を送ったら俺もこのまま帰るわ」
純の頼もしい言葉に、豪と奈美がニンマリと笑い、恵菜の胸中に甘やかな痛みがジクジクと侵食していく。
だけど、それは決して悪いものではなく、好きな男の人と一緒にいられる、嬉しさと緊張から来るものだった。
「奈美、旦那さん、今日はありがとうございました」
「豪、本橋さん、お邪魔しました。また遊びに行かせてもらうわ」
恵菜と純は、玄関まで豪と奈美に見送られ、二人が揃って軽く頭を下げている姿に、夫妻はニッコリしながら、手をヒラヒラと振ってくれている。
「恵菜、また会おうね。谷岡さん、恵菜の事、よろしくお願いします」
「相沢さん、ぜひまた遊びに来て下さい。純、ちゃんと相沢さんを送り届けろよ」
(この二人の笑顔は、何となく似てるかも……)
豪と奈美が、同じような表情で笑みを見せている姿に、恵菜は朧気に感じていた。
「じゃあ、行きましょう」
純が玄関ドアを開き、彼女を先に行かせるために待っていてくれる。
「すみません、ありがとうございます」
恵菜と純は、本橋夫妻に軽く手を振り、彼らの自宅を後にした。
住宅街の狭い道を、恵菜は純の少し後ろについて歩いている。
真っ黒に塗りつぶされた空に、心許ない街灯の明かりがポツポツ照らされているけど、二人の姿が夜闇に溶け込んでしまうような暗さ。
こういう時、純と気の利いた会話ができない自分が、すごくもどかしい。
「今日、初めて奈美の新居にお邪魔したら、谷岡さんがいて…………その……ビックリしました」
「俺も。あの二人の結婚式の時の話をしてたら、本橋さんが、相沢さんを今から呼んでみようって事になって」
「そうだったんですね……」
それっきり、二人の間に沈黙が支配し、無言のまま歩き続ける。
(せっかく谷岡さんに家まで送ってもらってるのに、何を話していいのか分からないよ……)
あと五分ほどで、恵菜の自宅に到着してしまう。
彼女が話題を探そうとしていると、目の前に延びている道が仄かに明るく照らされ、後方から結構なスピードで走っている車が近付いてきた。