深夜になろうとする頃、親父と春日さんが戻って来た。二人とも顔色も悪くぐったりしていた。俺たちは事務所に来るように言われた。
親父はすぐに俺たちにソファに座るように言った。どうやら大切な話があるらしい。親父の隣に春日さんが座り、その向かいに井上さんと俺が座った。若者組はそばに立っていた。
「──石川を撃った奴を警察は特定した」親父は開口一番そう言った。
特定? 捕まえたわけじゃないのか?
「どこのどいつっすか!」井上さんがギラついた目で噛み付くように言った。
「落ち着け」春日さんが井上さんを宥めた。
「──石川はヤクの取引きをたまたま目撃してしまった。それでブラジル人の売人に撃たれたってとこだ。売人からヤクを買った奴は警察に捕まった。売人は逃走中だ。まあブラジルに逃げられちゃあどうにもならねえな、ブラジルとは犯罪人引渡し条約は締結されてねえから」
はあ? と井上さんは大きな声を上げた。
「どういうことっすか!」そして親父に詰め寄った。
「──井上。誰に口きいてんだ、テメエは。だからいま言っただろうが、撃たれた“ってとこ“だって。そう決まったんだから仕方ねえだろ」
決まった? 誰が決めたんだ?
「本部と警察とはそういうことになってる。仮に相手が〈己龍会〉だとしたら報復しなきゃならねえ。警察も本部もそれは望んじゃいねえってことだ」
親父が俺の顔を見ながらそう言った。それはこれ以上石川を殺った奴を調べるなってことだ。
「撃った奴はまだ捕まっちゃいねえが、一応の犯人は確保した」
一応の犯人ってなんだ? そいつは何の罪になるんだ? 違法薬物を買ったってだけの罪だよな?
どういうことなのか俺にはさっぱり理解できなかった。ただヤクザになるってことはこういうことなんだって思った。面子や上に逆らわないってことに囚われるってこういうことなんだと初めて理解した。
だからってそれが許せるかっていわれれば、俺には到底許せる話じゃなかった。
「──木崎」
名前を呼ばれて顔を上げれば、春日さんが俺をじっと見ていた。
「堪えろよ」そう言い切った。
俺は「はい」と返事をするしかなかった。ここで暴れたところで何になる? 親父や春日さんを困らせるだけだ。
石川は司法解剖の後に直接葬儀場に運ばれることになっているらしい。そしてすぐに通夜と告別式が行われる。
「木崎。喪服は持ってるのか?」親父は俺に言った。
「いえ」
「だったら明日には用意しとけ。明日に執り行うことはないが、それ以降はいつになるか分からねえ。連絡が来たらすぐに向かうから」
俺は「はい」と小さく返事するしかなかった。
その後に事務所を出たのは覚えてる。けどどうやって家に帰ってきたのかは覚えてなかった。気がついたら部屋の中にいた。石川がここに誘ってくれた。そうじゃなかったら俺はまだあの安アパートで生活に追われながら苦しんでいた。確かに俺をヤクザに誘ったのは石川だ。だからなんだ? 俺はいま生活に困ってないし、結構楽しく暮らせている。それは石川のおかげだ。その石川が銃で撃たれて殺された。犯人はでっち上げのブラジル人。そもそもそんな奴は存在するのか?
──俺は石川の死んだ理由さえ知ることは出来ないのか?
そう思ったら身体の力が抜けて座り込んでしまった。俺は石川に何も返せてない。
涙もでなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!