テラーノベル
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私は地元のスーパーの惣菜売り場でアルバイトをしていた。
長く働いていたが、去年に辞めた。 ボス、もとい、パートチーフの松木さんの執拗なイジメが原因だった。
松木さんは50代半ばの女性だったが、とにかく陰湿だった。
自宅からも近く条件も良かったが、ついに耐えられなくなり、退社を決めた。
田舎で食料を調達できる場所は、私の働いていたスーパーしかなかった。
嫌でも客として店を訪れるしかない。
なるべく惣菜売り場の近くを通らないように、必要な物を最短ルートでカゴに入れてレジに向かう。
見つかったが最後、松木さんは子分の安須山さんを連れてきて私を遠目にコソコソと陰口を繰り広げる。
辞めてからも続く嫌がらせ。
もう一緒に働かなくていいのだからと思いながらも、モヤモヤとした日々を過ごしていた。
+
「あの人……安須山さん、辞めたんですよ」
それを教えてくれたのは、同じ売り場で働いていた歳下の由里香ちゃんだった。
私よりバイト歴が長く、今もこのスーパーで働いている。
ちょうど出来立ての商品を陳列するためにバックヤードから出てきたところに遭遇し、安須山さんの話題になったのだ。
「そうなんだ。長く働きそうな人だったのにね」
「実は…万引きで」
「万引き…!?」
由里香ちゃんの話を要約するとこうだ。
安須山さんは松木さんに気に入られ、ラストを一人で任されるようになった。
『ラスト』とは、閉店まで仕事をこなす役割の事。
コスト削減の為、以前までは二人体制だったラストも一人に減らすようになった。
「それで、安須山さんがラストを任されるようになったんですけど……。 売り場に出した商品を、バックヤードにまた戻して。仕事が終わって着替えてからまたバックヤードに入って、商品をバッグに入れて持ち帰ってたみたいで」
この前まで一緒に働いていた人が、まさか泥棒だったなんて。
「商品をバッグに入れてる現場をGメンの人に見つかって、その場でクビになったんです」
万引きGメンがいる事は従業員の誰もが知っている。
だけど一体どんな人なのか、知っている人は少ないのではないか。
私もGメンがいる事は知っているが、顔は知らない。
実際、客による万引き事件は何度か起こっていた。
従業員通路で、加害者の話を聞き終え、前から歩いてきたガタイのいい警察官二人の内の一人が私に思い切りぶつかった事がある。
勢いで在庫の棚に突っ込んだ私をスルーして、何事もなかったかのように帰っていった時から警察官が嫌いだ。
話は脱線したが、万引きは客がするものだと思い込んでいたので、今回のようなケースは初耳だった。
というか、Gメンは従業員の不審な動きも見逃さないのか
流石はプロだ。
由里香ちゃんは、話の途中で別の客に商品の事を尋ねられたので、私は軽く手を振ってその場から離れた。
私は買い物リストの書かれたメモを片手に、考えを巡らせる。
惣菜の商品だけなら、数を間違えたり、付属のソース等を入れ忘れた事に気が付いてたりして、バックヤードに持ち帰る事は稀まれにある。
従業員が持ち場の商品をバックヤードに持ち帰る事は、そう不自然な事ではないのだ。
やはりGメンは『盗む』人が分かるのだろうか?
……いや、もしかしたら。
私の頭に一つの考えが浮かんだ。
この店も、少し前からネットで一部の商品を注文出来るシステムを導入していた。
商品名と数量が印刷された紙を見ながら店内をまわり、買い物カゴに商品を入れていく。
そしてネット配達担当の従業員に、カゴごと渡すのが一連の流れだ。
ネット配達の振りすれば、別の売り場の商品もバックヤードに持ち込む事が出来たのかもしれない。
だが、ネット配達の時間は12時と18時。 ネット配達がとっくに終わった時間帯にカゴを持って店内を回っていたら不自然なのだ。
まあ自分であれこれ考えるより、後で由里香ちゃんに詳しく聞けば分かるだろう。
それでも私はセルフレジにバーコードを|翳《かざ》しながら推理を続けていた。
安須山さんの家ってこの近くだったっけ?
いや、たしか一駅くらい離れていたような……。
旦那さんと子供には説明したのだろうか。
盗んだおかずを何食わぬ顔で食卓に並べて、旦那さんと子供は何も知らずにそれを食べて……。
考えただけでゾッとする。
私は会計を済ませ、商品を詰めた白い袋を下げながら、惣菜売り場に再び近付いてみた。
そういえば、松木さんはどうしたのだろう。
いつもなら、私を見つけ次第、安須山さんと一緒に私の陰口を言いに出てきていたのに。
休みだろうか?
惣菜売り場の方をチラリと見てみる。
ひっ!
私はしゃっくりのような悲鳴をあげた。
松木さんがバックヤードのガラス越しに私を見ていたからだ。
怨めしそうに、両手をベッタリとアクリル製のガラスに押し付けている姿は、まるでホラー映画の怨霊のようだ。
「どうしたんですか?」
陳列を終えた由里香ちゃんが戻ってきた。
「……松木さんが……」
私は由里香ちゃんの方を向き、震える手で惣菜売り場のガラス窓を指差した。
「え、松木さん?」
由里香ちゃんが不思議そうな顔をしている。
恐る恐る、窓の方に視線を戻すと、松木さんの姿は消えていた。
「……今、松木さんが中から睨んでて」
「えー、それはないですよぉ!」
怯える私とは対照的に由里香ちゃんは笑った。
「でもたしかにいたんだよ。窓に顔と両手を付けて、こっちを見てたの」
「そんなはずないですよ。だって……松木さんは……」
+
帰宅して暫く、私は心ここにあらず状態だった。
さっきまで安須山さんの事を聞く気満々だったはずなのに。
……松木さんは現在、行方不明らしい。
安須山さんがクビになったすぐ後に行方が分からなくなり、家族が捜索願いを出したらしい。
私がさっき見た松木さんの姿は一体何だったのか。
生き霊?それとも……。
いや、まさか
きっと私の錯覚だろう。
買ってきた食料品を冷蔵庫に仕舞う為、冷蔵庫の野菜室の引き出しを開ける。
その中身を確認した私は、自身の耳さえも 劈くような悲鳴をあげた。
一瞬、松木さんの生首のような物が見えた気がしたが見間違いだった。
キャベツをくるんでいた新聞紙の表面に、ちょうど女性の顔がアップで印刷されていただけだ。
疲れているのだろう。幻覚だ。
さっき見た|アレ《・・》もきっと……。
++
数日後、松木さんが見つかった。
惣菜売り場にある冷凍室から遺体で発見されたのだ。
安須山さんはたしかに店の商品を盗んでいた。
しかし、その差し金は松木さんだった 安須山さんが帰りにバッグに詰めた商品を松木さんが店の近くで受け取っていたらしい。
自分だけに罪を着せられた安須山さんは、従業員入り口から忍び込み、一人でラストの仕事をしている松木さんの前に現れ、主犯である事を名乗り出てほしいと頼んだ。
勿論、松木さんは拒否。
カッとなった安須山さんは松木さんを殺害。
そして、ぐったりした松木さんを段ボールに入れ、冷凍室に隠した。
遺体がいずれ見つかる事は分かっていたが、パニックになった安須山さんはその場から逃げ帰った。
数日後に勤務中の従業員が見覚えのない段ボールを開けると、凍って息絶えている松木さんが入っていたのだ。
『N県スーパー従業員冷凍殺人事件』と騒がれ、連日ニュースでも大きく報道された。
+
私はただ、松木さんに従っただけなのに。
確かにおこぼれをもらっていた。
だけど、私一人だけが罪を被るのは許せなかった。
捕まってから二ヶ月が過ぎた頃に夫から離婚を切り出された。
子供達は学校でイジメにあっている。
小学四年生の息子は学校に行かなくなり、小学一年生の娘は、夜中に急に泣き出すようになったらしい。
ネットで子供達の顔も名前も晒され、夫も会社に居づらくなり、退社。
ああ、なんということなのだろう。
一昨年、やっと手に入れたばかりのマイホーム、幸せな家庭。
全てを失ってしまった。
殺すつもりなんて無かったのに。
……それにしても寒い。
夏だというのに、留置場は寒いのだ。
何度か担当官に訴えたけれど、「そんなはずはない」と相手にされなかった。
日に日に寒さが増していく。
風邪でも引いたのかもしれない。薄い毛布を頭から被り、身を縮める。
不安が押し寄せ、何十回目かの涙が溢れてきた。
何年で出所できるのだろう。子供達は許してくれるだろうか。
あんな所に働きに行かなければ、こんな事にはならなかったのに。
やはりあの人が憎い。
何が「パートを始めた理由は人との出会いの為」よ。
毎日毎日、休んでる人の悪口だけしか話してなかったくせに。
そして、また一緒に悪口を言っていた人が休めば、またその人の悪口。
その繰り返し。
まあ、よくもネタが尽きないものだと感心していた。
人との出逢いを求めているなら習い事で事足りるじゃない。
見栄ならもっと上手く張ってよね。
家族を思って頬を伝っていた雫は、いつの間にか悔し涙に変わっていた!
目に激痛が走ったと同時に、床に何かが落ちてきた。
指の腹で触れてみる。
……雪?一体どこから?
視線を上に向ける。
無機質なコンクリートの打ちっぱなしの天井の一面に、松木さんの顔があった。
(赦さない……。赦さない)
くぐもった松木さんの声が耳のすぐ
そばで聞こえた。
ひいぃ……っ!!
誰が助けを呼ばないと……。
しかし、開こうとした喉から声が出てこない。
松木さんの顔がどんどんこちらに近づいてきている。
いや、正確には、天井が下がってきているのだ。
(赦さない……、赦さない……!)
天井一面に貼り付いた松木さんの顔が迫ってくる。
誰か…、助けて…!
+++
担当官が異変に気が付いた時、安須山被告は毛布にくるまり、生き絶えていた。
不審な点はなく発作かと思われたが、死因は凍死だった。
部屋には特に不審な点はなく、警察も首を傾げていた。
ネットでも『冷凍殺人の犯人が怪死を遂げた』と数日騒がれていたが、次々と起こる新しい事件に、人々の興味はどんどん移っていった。
コメント
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うわっ…読み終わった直後、鳥肌が止まらないんだけど!?😭💦 最初はよくある職場いじめの話かと思ったら、まさかの万引きからの殺人、そして怨念の復讐…!?松木さんのあの窓ガラスに張り付く描写とか、最後の天井のシーンとか、マジでホラーすぎて夜トイレ行けなくなるやつ…😱💕 でもそれ以上に、安須山さんの心中の描写がリアルで胸が痛かった…。悪いのは松木さんだけど、それでも手を染めちゃった代償が重すぎるよ…。沙里央さんの描く人間の闇と怨念の連鎖、めっちゃ刺さった!続き、めっちゃ気になる!✨