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「ああ、いったい、皆、どこへ行ったのだ」
「本当に。誰も、戻ってきませんね」
守満《もりみつ》と、守恵子《もりえこ》は、弱りきっていた。
猫の、お悩み相談は続いていた。しかし、タマが居ないため、ニャーニャー鳴かれているだけで、さっぱり何が言いたいのか、伝わってこない。
おまけに、あの、一の姫猫が、変わらずの態度で、守恵子ならずも、守満すら、憮然としていた。
「なあ、守恵子よ。もう、どうにもならんだろう?今日は、これまでにしろ。たとえ、タマが、戻って来ても日が暮れるだろう?」
「そうですね、兄上。……かまいませぬか?親分猫様」
兄に、同意しながら、守恵子は、親分猫を伺った。
「あ!兄上、そして、親分猫様!」
呼ばれた一人と一匹が、守恵子を見る。
「あのですね、帰る処のない猫、そして、帰りたくない猫が、いるのです」
「ああ、そうだったな。守恵子、屋敷を使わせなさい。とりあえず、縁の下で、夜を過ごせば良いだろう」
「えーと、だ、そうです。親分猫様」
守恵子に、親分猫は、申し訳なさそうに、にやーと鳴いて、守満、守恵子各々へ頭を下げた。
「……いや、なんとも。たいしたものだ。なあ、守恵子や、人より、よほど、親分猫の方が、人格者じゃないか」
いや、猫だから、猫格猫か?などと、守満は、首をひねる。
親分猫は、守満の言葉に恐縮してか、にゃーと、鳴きながら、小さくなった。
「で、問題です!」
守恵子が、声をあげ、一点を見つめていた。
「あっ、なるほど、確かに。さて、さて、どうするかなあ」
守満も、その視線の先を見る。
つられるように、集まっている猫達も、そちらを見た。
「にゃ!」
と、驚き声のような鳴き声を挙げる、猫がいる。
ここは、我が家と、ばかりの態度で、守恵子とやりあった、一の姫猫だった。
「姫様ともあろうお方が、いつまでも、お忍びで出歩かれては、なりませんぞ。何より、内大臣様が、お姿が見えぬと、ご心配なされるでしょうに」
貴公子ぜんとした、守満の、切口上な応対に、ガリガリと歯軋りの音が聞こえてきそうな、悔しげな顔つきを見せ、一の姫猫は、ぷいっと、顔を背けると、そのまま、踵を返した。
後を、お付き猫が、あわてて追って行く。
そして、その場に、静寂なるものが、生まれた。
「なんだい、この、気の抜けたような、いや、緊張の糸が切れた状態は……」
「はあー、兄上のお陰ですわ。たった、一匹の猫のために、かように、皆、気を張っていたとは……」
守恵子の呟きに、猫達も、にやー、と、答えた。
「皆、兄上に、感謝しておりますよ」
「……感謝って、守恵子よ、お前、猫の、言葉がわかるのかい?!」
「あっ、いえ、なんとなく、態度というか、流れというか、その様なもので、理解しておるのですが……」
こくこくと、親分猫が、うなずいている。
「うん、どうやら、守恵子の、読みは、当たっているようだな」
と──。
モオー、と、大きな牛の鳴き声に、うわあー!という、声が続き、それを追って、ワイワイ、ガヤガヤと、多数の人のざわめきが、流れて来た。
「守恵子、表の様子がおかしい。お前は、母上と、共に、もう、奥の座所へ移りなさい」
「だめです!誰もいない今こそ、守恵子は、兄上の背中を守ります!」
言って、守恵子は、側に置いてある、鯨尺《ものさし》を握りしめた。
いや、だから。
そんなもので、どうなることか。なにより、守恵子、お前は、若人
タマの背中を守るとか、言ってなかったか?
妹の、勝ち気すぎる姿に、守満は、ふと、いつも、上野のこと紗奈の言動に、頭を抱える、常春《ときはる》のことを思う。
「……それにしても、父上は、如何いたしたのでしょう?表の様子を伺いに、お出ましになられたのに。なんだか、余計、騒がしくなるとは……」
「そういえば、父上は……」
先ほどから、妙な事が続きすぎている。父、守近は、戻って来ない。まるで、この場から、逃げ去ったかのように──。
守満は、違和感を覚えた。疑いたくはないが、父、守近も、何か、知っているのではないか……と。