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都大路は、幅二八丈(約84m)と、とにかく広い。牛車《くるま》が行き交うことを考えてのことだが、まさか、その大路を牛の列が走り去るなど、誰も思っていなかった。
都の住人達は、目を丸くして、繰り広げられている光景を、凝視していた。
「うわあー!すまんのおー!牛が、牛が、逃げ出して!止まらんのじゃ!」
走り行く牛の列を、必死に追う、のは、髭モジャだった。
その後を、牛を止めようと、野次馬も、続いていた。
そして、当然といえば、当然、こうゆう時には、巡邏中《けいびちゅう》の検非違使と、かち合うもので──。
「な、何事だ!」
先頭を行く、男が、叫ぶ。
「ああっ!検非違使様がた!」
髭モジャが、助けを求め、検非違使の列へ駆け寄った。
「これは、なんだ!はよう、牛を止めぬか!」
声をかけられた、検非違使は、髭モジャへ、牛飼いの役目であろうがと、睨みを利かすが、はっと、息を飲んだ。
「こ、これは、異なこと!」
「おお、久しいのぉ、崇高《むねたか》よ」
「お、お主、元気だったか!」
「しっ、声が大きい、ワシは、もう、一介の髭モジャだからのお」
髭モジャが、声をかけたのは、昔、まだ、検非違使として勤めていた時の同僚──、崇高、だった。
「で、どうした?この、騒ぎ」
「おお、ちょっと、あってな。詳しいことは、道々。とにかく、崇高よ、お前に手柄を譲ってやるわ」
「……手柄?」
「おお、あの、女首領の松虫《まつむし》を、引っ捕らえる絶好の機会ぞ。とにかく、ワシを、怒鳴れ、そして、牛を、何とかしろ、それだけを、言い続けろ」
「よし、わかった。言われた通り、させてもらうぞ」
二人は、しっかり、頷き合った。
「これ、町人、いや、お主は、髭モジャではないか!何ゆえ、この様な事をしでかした!牛を都大路に、放しおってっ!!これでは、牛車《くるま》も、荷車も、いや、人すら危なく、進めぬではないかっ!!」
崇高が、検非違使ぜんと、髭モジャへ、注意する。
あまりの迫力に、辺りの野次馬は、縮み上がった。
「す、すまんのおー!検非違使様よー!こりゃー、どうすることもできぬのじゃー」
困りきる髭モジャの様子に、検非違使は、
「えーい、面倒なことよ!この場で射てやるわっ!」
と、携帯する矢をつがえようとした。
驚いたのは、野次馬で、それは、なんねー!大納言さまの牛だー!と、必死に止めに入った。
「なんと、また、厄介な」
「わわっ、また、速度を上げたわ!検非違使様が、物騒な事をおっしゃるから」
髭モジャに、答えるように、牛達は、もおーと、鳴き、都大路には、その足音が轟いた。
「仕方ない!髭モジャ、牛達を追うぞ。皆の者、続け!」
牛の列を追う、髭モジャ、そして、それを追う、検非違使達、さらに続く野次馬──、その、有り様に、皆、大笑いした。
「なんだね?これは」
「いや、じつはな……」
「なんとまあ、検非違使まで、牛を追ってるぞ!」
あらたな野次馬が更に増え、事態は、大層なことになっている。
それも、計算の内よ、と、髭モジャは、崇高と、こっそり、笑い合っていた。
「捕物は、人が多い方が良い。捕まる方も、観念しやすくなる。なにより、この、野次馬が、加勢してくれるわ」
「ははは、そうだな」
「まあ、崇高よ、あとは、牛に、任せておけ」
「んー、お前の考えは、昔から、良く解らぬところがあったが、たまには、良いだろう。ここのところ、さっぱり手柄があげられず、上からのお達しが、厳しかったのだ」
ははは、お前も、町人になれば、気楽だぞ、と、髭モジャは、元同僚へ向かって笑った。