テラーノベル
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網戸から強い風が入った。
電気のついていない部屋の中で、敷きっぱなしの布団だけが白く浮かび上がっている。
レイは明かりをつけず、布団の上でそっと私の肩を押した。
シーツに背中が触れ、かすかにレイの香りが立つ。
「……澪は純粋だから、そんなつもりないのかもしれないけど。
はっきり言っておくけど、俺と今夜一緒にいるなら、こういうことだよ。
俺はけい子の信頼を裏切ることになるし、澪も後ろめたさを抱えるかもしれない」
私の上に覆いかぶさったレイは、両脇に手をついて言った。
垂れた髪のせいか、見上げると闇の中に瞳があるように見える。
いくら私でも、この状況で言われた意味がわからないわけじゃない。
心臓が強く波打って、自分で息ができているかもわからなかった。
「……そ、うだね、レイの言う通りかもしれない」
「なら、どうする?
出ていくなら今だよ」
闇のような瞳なのに、尋ねたレイの声は優しかった。
私の気持ちもわかった上で、諭そうとしてくれているんだろう。
それなら……きっと出ていくべきだ。
だけどレイを跳ねのけるなんてできないし、なにより頭じゃなくて心がレイと離れるのを拒んでいる。
「……レイはちゃんと警告してくれたから、けい子さんの信頼を裏切ることにならないよ。
私は私の意志でレイと一緒にいたいだけだもん。
レイはゲストで、私はホストの一員だから、たしかに悪いことかもしれない。
でも……私はレイが好きだから……レイといたいの」
言葉がまとまらなくて、途切れ途切れにしか言えなかった。
だけど、言ったのは偽りのない本心で、しばらく私を見つめていたレイは、ふっと表情をほどいた。
風が入り込んで、彼の髪が揺れる。
「……ほんと、澪には参るよ。
なら澪も共犯になって。けい子たちには秘密だよ」
柔らかい眼差しでそう言われた時、私はかすかに笑って頷いた。
シャツの裾から入ってきた手の冷たさに、びくりと体が跳ねた。
レイの手が私の肌を滑り、ざわざわとした感覚が襲ってくる。
されるキスは優しい。
だけどその優しいキスも、服の下に隠れている場所にされるのは初めてで、体が強張るのはどうしようもなかった。
触れた場所から心音が伝わっているからか、レイの動きが止まる。
「……澪。
これ以上進んでもいいなら右、だめなら左に首を振って」
恥ずかしくて目を閉じようとしていた私は、低いレイの声に顔をあげた。
ぼやけるほど近くで目が合う。
目の前の瞳は、懊悩の狭間で理性を保っている、そんな瞳だった。
薄い膜を張ったような瞳を見て、私は自分が怯えているのも忘れて、咄嗟にレイに触れた。
彼の目が開いたのと、私がレイの顔を右肩へ引き寄せたのは同時だった。
「私はレイが好きだよ。
……本当に好きなんだ」
体にされたキスに浮かされ、息があがって掠れた声しかでない。
もどかしくてぎゅっと彼の頭を抱きしめると、切ない息がかかった。
「……俺も好きだよ、澪。
辛かったら言って。なるべく手加減する」
そう言われて始まった先は、憶測も届かない未知の世界だった。
作法なんてなにひとつ知らない私は、レイの指や舌に驚いて逃げていきそうになる。
だけど痛みと甘い疼きが混じり始めると、どうしていいかわからなくて、何度も彼の名をうわごとのように呼んでいた。
下着がとられ、身を隠すものがなくなる頃には、頭の中はほとんど麻痺していた。
本当なら恥ずかしいはずなのに、レイのキスで濡れた体が、空気に触れてすうっと冷え、心許なさでシャツを脱いだばかりのレイの腕を掴む。
触れてほしい。
無意識の意志表示に、レイは私の目を見て柔らかく微笑んだ。
背中に手が回り、強く抱きしめられる。
レイと体が繋がったのは、それからすぐだった。
だけどほんの少し動かれるだけで激痛が走り、受け入れられるなんて到底思えない。
必死になればなるほど力が入って、焦るし痛いしで涙が零れた。
「辛い?
……澪が辛いなら、もう……」
見上げたレイは動きを止め、弱ったように私を見つめる。
私はすぐ首を横に振った。
痛いし、苦しい。
けど、私の心はレイを欲しているから、離れるほうがよほど辛い。
涙目で首を振る私に、レイはそっとキスをした。
そっと、だけど気持ちを乗せて、だんだん息がつけないほどのキスが降ってくる。
レイと最後まで繋がれたとわかったのは、途方もない長い時間の後、彼の体から力が抜けた時だった。
私の髪を払い、額にキスをしたレイは、そのまま耳元に唇を寄せた。
「本当は……肌を合わせたら別れが辛くなるから、抱くつもりはなかった。
だけど……澪とこうなれて、初めて幸せっていうものがなにかわかったよ」
鼓膜を通して、体が芯から痺れた。
同時に嬉しさがやるせなさに変わり、視界が滲んでいく。
別れたくない。
レイに傍にいてほしい。
喉まで出かけた言葉を飲み込み、私は自分を奮い立たせた。
「……私も幸せだよ。
だって、世界中にたくさんの人がいる中で、レイと出会えて、恋をして、今一緒の気持ちなんだから」
言いながら切なさが襲ってくる。
顔が見えないのをいいことに、私は瞬きをして目に浮かんだ涙を流しきった。
「レイのことが好きだよ。
昨日より今日の方が、さっきより今のほうが……レイを好きだって思う」
彼の背中に手を回し、かさぶたごとぎゅっと抱きしめる。
レイは小さな息をつき、私の肩から身を起こした。
どちらともなく笑った私たちは、キスを繰り返す。
次第にレイの体が動き出し、体の奥から痛みと熱がこみ上げた。
レイが好きだ。
だから離れたくないけど、今だけはレイは私の一番傍にいてくれる。
レイの切ない目も、唇も、内側の痛みさえも、すべてが愛おしかった。
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